エドワード・ジェンナー





Edward Jenner(1749-1823)

ようこそ!フリーイラストポートレートと

歴史の停車場いらすとすてーしょん
こちらのページではジェンナー 19世紀に活躍した

世界の医学者②
をお楽しみください

ジェンナー
イラストポートレート Syusuke Galleryより

19世紀の西洋医学

館長

いらすとすてーしょんでは医学の部屋より19世紀に活躍した世界の医学者と題してイラストポートレートをお届けしています

(参考)17世紀に活躍した世界の医学者たち

(参考)18世紀に活躍した世界の医学者たち

(参考)19世紀に活躍した世界の医学者たち

ジェンナー って?

館長

さて今回はジェンナー をお届けします

シューちゃん

ジェンナー はどんな医学者だったの?

館長

ジェンナーは炎症と化膿の第一人者に医学を学びました

1728-1793を生きた医学者。兄ウィリアムの解剖学の助手となり、その後その外科技術は兄を超えるほどの腕前となり、その後陸軍医、王室医などの要職を務めた。戦場での経験から1794年没後に発表されたA Treatise on the Blood, Inflammation and Gun-shot Woundsを著したことから、炎症と化膿についての先駆者とみなされている。また門下にワクチンの先駆者エドワード・ジェンナー(1749−1823)がいる。
【医学の部屋|ジョン・ハンター】18世紀に活躍した世界の医学者⑤

牛痘接種法を発見

館長

2020年世界を震撼させたCOVID- 19は、まだ記憶に新しいですが

シューちゃん

ワクチンの開発とか、普及が毎日のように報道されていたよね

館長

実はこれまでも人類は感染症との戦いが数々ありました

館長

その中でも天然痘は紀元前から確認されているウィルスを病原体とした感染症で、猛威を長年ふるっていました

シューちゃん

9世紀にこの人は天然痘について著していたって以前取り上げたよね

865-925を生きた医学者。9~10世紀のイスラム王朝(アッバース朝)に医学、哲学など幅広い分野でその名を刻んだ。天然痘と麻疹の臨床所見の違いを示すなど、特に医学分野でその名を馳せている。
【医学の部屋|ラーズィー】16世紀以前に活躍した世界の医学者⑥
館長

その天然痘と人類の戦いは…

館長

中国やトルコなどで確認されていました

シューちゃん

どうやって戦うの??

館長

例えば、中国では天然痘に罹った人の膿を乾燥させて鼻腔に接種する人痘接種法と呼ばれる方法が行われていたと記録があるそうです

シューちゃん

それは効果があるの?

館長

以前のインヘンハウスのページでも綴りましたが、この人痘を体得した人と、しなかった人では死亡率が30倍も違かったというデータがあったそうです
※NIH(National Library of Medicine) HPより

1730-1799を生きた医学者。天然痘の予防方法を学ぶために渡英、そこで天然痘患者の膿疱から抽出した液を健康な人間に接種する人痘法を学ぶ。マリア・テレジアの要請により英国王室より派遣され人痘法を行い成功させる。このことからオーストリア宮廷の侍医となる。また植物と光の関係を明らかにした研究(Experiments upon vegetables 1779年)は、その後の光合成の発見につながっている。
【医学の部屋|インヘンハウス】18世紀に活躍した世界の医学者③
シューちゃん

確かにその内容は以前教えてもらっていたような…

館長

そのインヘンハウスは英国で人痘接種法のスキルを学んで、オーストリアに広めたのでしたよね

館長

つまり英国ではすでに人痘接種が多く行われていました

館長

しかし、英国でも天然痘に罹患する危険は残っていたようです

シューちゃん

つまり人痘接種が完璧ではなかったってことか…

館長

そんな折、ジェンナー Berkeley (Gloucestershire) でクリニックを営んでいました

館長

そのバークレーの農場の人たちは天然痘に罹患していない事実を目の当たりにしました

シューちゃん

なぜ農場で働く人たちは天然痘に感染しないの?

館長

農場では、牛がかかる感染症(牛痘)に人が罹ると、その人は天然痘を発症しないことが知られていたのです

シューちゃん

そこにジェンナー 着目したのだね

館長

はい!そこでジェンナー 牛痘に罹っていた乳牛搾りの女性から牛痘苗として膿をとり、8歳の少年の腕にこの膿を接種したのです

シューちゃん

それまでは人痘だったのを牛痘にしたのだね

館長

結果は、今で言う副反応が起こり、そしてその症状は数日で消えたそうです

館長

そしてジェンナー は、この少年に本物の天然痘(人痘)を接種します

シューちゃん

で、結果はうまくいったのだよね!?

館長

シューちゃんの予測通り、その少年は人痘には無反応だったそうです

館長

その後、ジェンナー 繰り返しこの方法を試して、同じ結果が得られたことから確信します

シューちゃん

牛痘接種法の誕生だ!

館長

ジェンナーは約2年間、この研究を続け1798年Inquiry into the Variolae vaccinae known as the Cow Pox を著します
※INTERNET ARCHIVEより

館長

当初は全く受け入れられなかったそうですが、その後啓発活動を盛んに行い、その牛痘接種法が認められます

館長

そしてジェンナーは、英国を代表する医学者として現在もその名を刻んでおられます

シューちゃん

これがワクチンにつながるのか!

牛が名前の由来となったワクチン

館長

先の人痘がワクチンの祖という見方もされるようなのですが、このジェンナーの牛痘が最初のワクチンと考えて良さそうですね

館長

それから時を経て、Louis Pasteur(1822-1895)によってワクチンという名前が登場します

館長

牛はラテン語でvacca、この牛から見出したジェンナーの功績をパスツールは敬意を表し、Vaccine(ワクチン)と命名したそうです

シューちゃん

ジェンナーの発見は偉大だったんだね

牛痘はシーボルトによって持ち込まれるも…

館長

このジェンナーの牛痘接種法は日本でもいち早く届けられていたのですよ

シューちゃん

そうなの?

館長

シーボルトはこの牛痘苗を初来日時に日本に持ち込み、最初の仕事として、この牛痘苗を日本人に接種したのです

1796-1866を生きた医学者であり博物学者。オランダ商館の医官として1823年に来日し、出島外での活動の許可を得て翌24年には鳴滝塾を開校。蘭学の中でも医学を中心に学ぶために各地・各藩から学者が集まり、シーボルトの門下は蘭方医の流派としてその後の日本の医学を発展させた。将軍謁見のため江戸旅行、日本の情報を持ち出し処分を受けたシーボルト事件。再来日を果たすなど、幕末日本に大きな影響を与えた。
【医学の部屋|シーボルト】ビフォーアフターP.F.シーボルト編⑤
シューちゃん

それが日本で最初だったのかぁ…

館長

しかし結果は失敗に終わります

シューちゃん

日本人には合わなかったの??

館長

いえ…そもそもの牛痘苗は、その効力(効果)を失っていたと考えられています

シューちゃん

長旅で、もちろん当時は温度管理なんてできないから、牛痘苗が壊れてしまったのだね

館長

いえ…そもそもの牛痘苗は、その効力(効果)を失っていたと考えられています

日本における天然痘との戦い

シューちゃん

それで日本の天然痘との戦いはどうなったの?

館長

日本における天然痘との戦いは、以前に緒方洪庵のページで取り上げていますので、ぜひご興味あれば覗いてください

1810-1863を生きた近代医学の祖は天然痘と闘い、大阪に適塾(大阪大学医学部の前身)を開き人財育成を行う。
【医学の部屋|緒方洪庵】去る天然痘!来るサル痘? ワクチン大規模接種は江戸時代から!?
シューちゃん

そういえば、またこの江戸時代のワクチン特集をしたいって言っていたよね…館長

館長

お届けが遅れていてすみません…もう少しお待ちください…

次回はコルヴィザール

館長

さて、19世紀に活躍した世界の医学者②ジェンナーは如何でしたか?

館長

いらすとすてーしょんでは医学の歴史を彩ってきた偉人たちを…

館長

これからもご紹介していきます

館長

どうぞお楽しみに!

シューちゃん

次回はコルヴィザールを取り上げるよ

1755-1821を生きた医学者。心臓学の分野を切り拓いた一人とされ、L. Auenbrugger(1722-1809)の提唱した胸部打診を広く普及させ、心肺機能の病気診断方法とした。その後門下であったR. Laennec(1781−1826)による聴診器の発明につながっている。教育者であり、臨床医は、皇帝ナポレオンの主治医もつとめている。
【医学の部屋|コルヴィザール】19世紀に活躍した世界の医学者③