ルイージ・ガルヴァーニ





Luigi Galvani(1737-1798)

ようこそ!フリーイラストポートレートと

歴史の停車場いらすとすてーしょん
こちらのページでは ガルヴァーニ 18世紀に

活躍した世界の医学者⑧
をお楽しみください

ガルヴァーニ
イラストポートレート Syusuke Galleryより

18世紀の西洋医学

館長

いらすとすてーしょんでは医学の部屋より18世紀に活躍した世界の医学者と題してイラストポートレートをお届けしています

(参考)17世紀に活躍した世界の医学者たち

(参考)18世紀に活躍した世界の医学者たち

ガルヴァーニって?

館長

さて今回はガルヴァーニをお届けします

シューちゃん

ガルヴァーニはどんな医学者だったの?

館長

ガルヴァーニはボローニャ大学で医学を学び、そして同大学の解剖学教授として活躍しました

動物電気を提唱したガルヴァーニ

館長

そのガルヴァーニは、カエルの解剖実験を行っているとき…

館長

助手が誤って鑿(ノミ)でカエルの足に触れたとき、けいれんを起こします

シューちゃん

そのカエルはもちろん生きてなかったのだよね…

館長

その通りカエルは生きていませんでした

館長

ただテーブルには起電機がおいてあったそうです

館長

そのけいれんを観察したガルヴァーニは、ある仮説を立てます

シューちゃん

どんな仮説?

館長

筋肉は電気を貯めることができるのでは!? と…

シューちゃん

筋肉に電気が貯められると考えたんだね

館長

ガルヴァーニは、電気は脳によって作られて筋肉に貯めることができる、このことを動物電気としました
Aloysii Galvani De viribus electricitatis in motu musculari commentarius(1791) s INTERNET ARCHIVEより

シューちゃん

なるほど…

ガルヴァーニとボルタ

館長

しかし、パヴィア大学の物理学教授A.ボルタ(1745-1827)に真っ向から否定されます

シューちゃん

なぜガルヴァーニの動物電気をボルタは否定したの?

館長

ボルタは、この筋肉の収縮について起電機によって起こされたと考えていました

シューちゃん

結局どうなったの?

館長

ガルヴァーニはその後、起電機の存在がなくても筋肉が動くことを証明しました

館長

つまり、ガルヴァーニの説は現在では生体電気として、ボルタの説はボルタ電池の発明につながったのです。

シューちゃん

お互いの研究は、それぞれの道を歩んでいったのだね

館長

ガルヴァーニもボルタも同じものを観て、異なる仮説を立てて、それぞれの発見につながったのですから、科学の歴史は面白いですよね

シューちゃん

そのボルタのイラストポートレートも楽しみだね

館長

次回の物理学者の特集の時にボルタのページを企画しますね

シューちゃん

物理学も難しそうだなぁ…

次回はブルーメンバッハ

館長

さて、18世紀に活躍した世界の医学者⑧ガルヴァーニは如何でしたか?

館長

いらすとすてーしょんでは医学の歴史を彩ってきた偉人たちを…

館長

これからもご紹介していきます

館長

どうぞお楽しみに!

シューちゃん

次回はブルーメンバッハを取り上げるよ

1752-1840を生きた医学者。1789年に著したAnfangsgründe der Physiologie(生理学の基礎)は18世紀の生理学書としてこの分野をまとめ上げる。また前成説の否定派であり、生気論の支持者でもあった。人種という概念を打ち立てたことでもその名を馳せ、人類をコーカサス,モンゴル,エチオピア,アメリカ,マレーの5人種に分類した。
【医学の部屋|ブルーメンバッハ】18世紀に活躍した世界の医学者⑨
館長

今回の18世紀に活躍した世界の医学者⑧の制作には「医学の歴史(1964)」中公尾新書発行を参考図書として用いております

18世紀に活躍した世界の医学者たち

2024-05-220049ドイツ連邦共和国出身

【医学の部屋|シュタール】18世紀に活躍した世界の医学者Ⅺ

2024-05-100033フランス共和国出身

【医学の部屋|ビシャ】18世紀に活躍した世界の医学者⑩

2024-05-090049ドイツ連邦共和国出身

【医学の部屋|ブルーメンバッハ】18世紀に活躍した世界の医学者⑨

2024-05-060049ドイツ連邦共和国出身

【医学の部屋|メスメル】18世紀に活躍した世界の医学者⑥

2024-05-050044英国出身

【医学の部屋|ジョン・ハンター】18世紀に活躍した世界の医学者⑤

2024-05-040041スイス連邦出身

【医学の部屋|ハラー】18世紀に活躍した世界の医学者④

2024-05-030031ネーデルランド(オランダ)王国出身

【医学の部屋|インヘンハウス】18世紀に活躍した世界の医学者③

2024-05-020033フランス共和国出身

【医学の部屋|ラ・メトリ】18世紀に活躍した世界の医学者②

2024-05-010031ネーデルランド(オランダ)王国出身

【医学の部屋|ブールハーフェ】18世紀に活躍した世界の医学者①

医学・新着偉人(It's New)はこちらから

0032ベルギー王国出身
1579-1644を生きた医学者であり化学者。パレケルススの化学に基づいた理論で人体の機能を解き明かす医療化学の分野を進めた。四元素や体液説など古代医学を論駁し、また空気とは異なる気体の存在を見出し、この気体をガスと命名し、その概念を明らかにした。
【医学の部屋|ヘルモント】17世紀に活躍した世界の医学者⑨
0049ドイツ連邦共和国出身
1659-1734を生きた医学者であり化学者。 1708年生理学と病理学からなる医学理論書Theoria medica veraを著し、生物にはアニマという非物質が存在し、生命活動を営むとしたアニミズムを提唱した。そしてその理論は、ドイツ哲学者ライブニッツ(1646-1716)が提唱した生気論を牽引した。また化学の分野では、特にZymotechnia Fundamentalis(科学の基礎・1697年)にて、燃焼について酸化の考えにつながるフロギストンという物質をアリストテレスにより広く支持された四元素説に加え唱えた。
【医学の部屋|シュタール】18世紀に活躍した世界の医学者Ⅺ
0098イラン・イスラム共和国出身
865-925を生きた医学者。9~10世紀のイスラム王朝(アッバース朝)に医学、哲学など幅広い分野でその名を刻んだ。天然痘と麻疹の臨床所見の違いを示すなど、特に医学分野でその名を馳せている。
【医学の部屋|ラーズィー】16世紀以前に活躍した世界の医学者⑥
0033フランス共和国出身
1298-1368を生きた医学者。ヴェサリウス以前の中世ヨーロッパにおいて、ガレノスによる解剖学を学び、外科医としてその名を刻んだ。1363年には外科指南書となったChirurgia magnaを著し、8章からなるラテン語で描かれたこの書は外科医のバイブルとなった。黒死病(ペスト)に立ち向かった医師としても記憶されている。
【医学の部屋|ショーリアック】16世紀以前に活躍した世界の医学者⑤

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28兵庫県
1911-1978を生きた編集者、ジャーナリストであり随筆家。第二次大戦中は大政翼賛会の宣伝部員として、国策広告に携わり、「欲しがりません 勝つまでは」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」などの標語を創案し、プロパガンダ活動に一役買った。戦後1946(昭和21)年、大橋鎭子とともに衣裳研究所を創設し、ファッション誌「スタイルブック」を発刊。1948(昭和23)年には生活雑誌「美しい暮しの手帖」(のちの「暮しの手帖」)を創刊し、編集長として活躍。代表的な著作に随筆集「一銭五厘の旗(1971)」は読売文学賞受賞している。
【文学の部屋|花森安治】昭和時代編.196New!!
28兵庫県
1882-1953を生きた小説家でありジャーナリスト。満州で記者となり帰国後、都新聞や読売新聞で花柳・演芸欄の記者として活躍。1926(大正15)年には長谷川伸らと第一次「大衆文芸」を創刊し、大衆文学振興に寄与。代表作に、自伝的小説「唐人船(1926・1929)」や西郷隆盛らを描いた「西南戦争(1926)」を著す。また明治・大正期の歌舞伎界を舞台にした「東京おぼえ帳(1952)」や「きもの帖(1954)」など近代日本の庶民文化を記録した随筆も残した。本名は平山壮太郎。
【文学の部屋|平山蘆江】昭和時代編.195
シューちゃん

シュー(Syu)です
2026年も、よろしくね

館長

「いらすとすてーしょん」は5年目を迎えました。今年も、皆様に役立つ世界の偉人たちをシューちゃんと共にフリーイラストポートレートをお届けします

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