ジョン・ハンター





John Hunter(1728-1793)

ようこそ!フリーイラストポートレートと

歴史の停車場いらすとすてーしょん
こちらのページでは ジョン・ハンター 18世紀に

活躍した世界の医学者⑤
をお楽しみください

ジョン・ハンター
イラストポートレート Syusuke Galleryより

18世紀の西洋医学

館長

いらすとすてーしょんでは医学の部屋より18世紀に活躍した世界の医学者と題してイラストポートレートをお届けしています

(参考)17世紀に活躍した世界の医学者たち

(参考)18世紀に活躍した世界の医学者たち

ハンターって?

館長

さて今回はハンターをお届けします

シューちゃん

ハンターはどんな医学者だったの?

ハンター兄弟の弟、ジョン

館長

ハンターは英国の外科、解剖学の分野で活躍した兄弟でした

館長

今回ご紹介するハンターは弟のジョンです

兄はウィリアムも医学者

館長

少し兄、ウィリアム(1718-1783)についてご紹介しましょう

館長

兄ウィリアムはエジンバラ大学で医学を学び、医学教育のために解剖教室を開講していました

館長

その解剖学校の助手をジョンがつとめ、その後頭角を現しますが、この話は後ほど

館長

その名声でシャーロット王妃の侍医となり、その後産科医として活躍しています

シューちゃん

お兄さんは優秀な解剖学者で産科医だったんだね

館長

その兄ウィリアムを凌ぐほどの実力を兼ね備えたのが弟ジョンでした

兄の助手で医学を学ぶ

館長

先ほどの解剖教室の兄の助手となったジョンは…

館長

次々に新たな解剖学上の発見をし、兄の解剖学を超えるスキルを身につけていったそうです

館長

そして軍医として赴任した戦地で炎症についての研究を行いました

炎症についての研究

シューちゃん

その経験があって没後に著されたA Treatise on the Blood, Inflammation and Gun-shot Wounds に繋がるのだね
※Internet Achiveより

館長

この研究は炎症と化膿について新たな知見を世界に与える結果となったのです

歯科についての研究

館長

またジョンは歯科の分野でも活躍しています

館長

1771と1778の2回に分けて著したThe Natural History of the Human Teeth は、当時の歯科学の最高峰であったと称されています
※Internet Achiveより

シューちゃん

ジョンは当時の最高峰の医学者だったのだね

門下にジェンナー

館長

そのジョンの門下には、あのジェンナー(1749−1823)がいます
2024年5月12日公開予定

1749-1823を生きた医学者。ジョン・ハンター(1728-1793)に医学を学び、牛痘に一度罹った人は天然痘に感染しないことを実証(牛痘接種法)し、それまでの人痘接種法を上回る免疫を獲得することに成功。1798年Inquiry into the Variolae vaccinae known as the Cow Poxを著し、その後のワクチン誕生への礎となった。
【医学の部屋|ジェンナー】19世紀に活躍した世界の医学者②
シューちゃん

ジェンナーのワクチン研究はジョンによって導かれたといってもよさそうだね

館長

ぜひワクチン研究の礎ともなったジェンナーのページ↑にもお越しください

シューちゃん

楽しみだねぇ

次回はメスメル

館長

さて、18世紀に活躍した世界の医学者⑤ハンターは如何でしたか?

館長

いらすとすてーしょんでは医学の歴史を彩ってきた偉人たちを…

館長

これからもご紹介していきます

館長

どうぞお楽しみに!

シューちゃん

次回はメスメルを取り上げるよ

1734-1815を生きた医学者。動物磁気という超感覚的なものが人間に備わっており、その磁気を操作することによって神経系の病気は治癒できるとしたメスリズムの提唱者。この治療を受けるために数ヶ月先の予約まで埋まっていたとされる。その後フランス政府(王室)は調査団を派遣、その結果メスリズムによる治療の無効性を下した。このメスリズムはその後、暗示療法、そして催眠術という経過を辿る。
【医学の部屋|メスメル】18世紀に活躍した世界の医学者⑥
館長

今回の18世紀に活躍した世界の医学者⑤の制作には「医学の歴史(1964)」中公尾新書発行を参考図書として用いております

18世紀に活躍した世界の医学者たち

2024-05-220049ドイツ連邦共和国出身

【医学の部屋|シュタール】18世紀に活躍した世界の医学者Ⅺ

2024-05-100033フランス共和国出身

【医学の部屋|ビシャ】18世紀に活躍した世界の医学者⑩

2024-05-090049ドイツ連邦共和国出身

【医学の部屋|ブルーメンバッハ】18世紀に活躍した世界の医学者⑨

2024-05-080039イタリア共和国出身

【医学の部屋|ガルヴァーニ】18世紀に活躍した世界の医学者⑧

2024-05-060049ドイツ連邦共和国出身

【医学の部屋|メスメル】18世紀に活躍した世界の医学者⑥

2024-05-040041スイス連邦出身

【医学の部屋|ハラー】18世紀に活躍した世界の医学者④

2024-05-030031ネーデルランド(オランダ)王国出身

【医学の部屋|インヘンハウス】18世紀に活躍した世界の医学者③

2024-05-020033フランス共和国出身

【医学の部屋|ラ・メトリ】18世紀に活躍した世界の医学者②

2024-05-010031ネーデルランド(オランダ)王国出身

【医学の部屋|ブールハーフェ】18世紀に活躍した世界の医学者①

医学・新着偉人(It's New)はこちらから

0032ベルギー王国出身
1579-1644を生きた医学者であり化学者。パレケルススの化学に基づいた理論で人体の機能を解き明かす医療化学の分野を進めた。四元素や体液説など古代医学を論駁し、また空気とは異なる気体の存在を見出し、この気体をガスと命名し、その概念を明らかにした。
【医学の部屋|ヘルモント】17世紀に活躍した世界の医学者⑨
0049ドイツ連邦共和国出身
1659-1734を生きた医学者であり化学者。 1708年生理学と病理学からなる医学理論書Theoria medica veraを著し、生物にはアニマという非物質が存在し、生命活動を営むとしたアニミズムを提唱した。そしてその理論は、ドイツ哲学者ライブニッツ(1646-1716)が提唱した生気論を牽引した。また化学の分野では、特にZymotechnia Fundamentalis(科学の基礎・1697年)にて、燃焼について酸化の考えにつながるフロギストンという物質をアリストテレスにより広く支持された四元素説に加え唱えた。
【医学の部屋|シュタール】18世紀に活躍した世界の医学者Ⅺ
0098イラン・イスラム共和国出身
865-925を生きた医学者。9~10世紀のイスラム王朝(アッバース朝)に医学、哲学など幅広い分野でその名を刻んだ。天然痘と麻疹の臨床所見の違いを示すなど、特に医学分野でその名を馳せている。
【医学の部屋|ラーズィー】16世紀以前に活躍した世界の医学者⑥
0033フランス共和国出身
1298-1368を生きた医学者。ヴェサリウス以前の中世ヨーロッパにおいて、ガレノスによる解剖学を学び、外科医としてその名を刻んだ。1363年には外科指南書となったChirurgia magnaを著し、8章からなるラテン語で描かれたこの書は外科医のバイブルとなった。黒死病(ペスト)に立ち向かった医師としても記憶されている。
【医学の部屋|ショーリアック】16世紀以前に活躍した世界の医学者⑤

医学の部屋へようこそ

出身国別、都道府県でお届けしています

イラストポートレートSyusukeGallery医学の部屋 Medical Scientist
医学の部屋 Medical Scientist

広告コーナー

いらすとすてーしょんはGoogle AdSenseの収益により
運営させていただいております
皆様のご理解をよろしくお願い申し上げます

いらすとすてーしょん検索コーナー

いらすとすてーしょん検索コーナー

いらすとすてーしょん検索コーナー

ようこそいらすとすてーしょんへ

  • 独自のタッチで描いたイラストポートレート

    お楽しみください
  • イラストポートレートはプライバシーポリシー内にある著作権の範囲内でしたらフリー

    ご活用いただけます(プライバシーポリシー
  • モバイルの場合はスクショを、PCの場合は

    右クリックなどでイラストポートレートを

    保存いただけます
  • Syusuke Galleryは「いらすとすてーしょん」にアップしている全イラストポートレートが

    ご覧いただけます
  • 新着偉人(It's New)は「いらすとすてーしょん」の独自にピックアップした偉人たちを日替わりで紹介しております
  • 都道府県・国、そして出生年別などは、サイトマップ検索ボックスをご活用ください

※検索「カテゴリー」「タグ」「キーワード」欄に


複数入力された場合は、すべて一致の場合のみヒットします

新着偉人(It's New)

新たに公開のイラストポートレートをご覧ください

26京都府
885-930を生きた政治家(第60代天皇)。父・宇多天皇の譲位を受け、わずか13歳で即位。父が築いた「知性と実力」を重んじる政治姿勢を継承し、摂政・関白を置かずに自ら政務を司る「延喜の治(えんぎのち)」を展開した。平安時代の政治と文化の成熟を象徴する名君として知られる。治世では、日本最初の勅撰和歌集である「古今和歌集」の編纂を命じるなど、国風文化を大きく発展させた。一方で、宇多天皇時代からの重臣・菅原道真をめぐる政争(昌泰の変)では、結果的に道真を失脚させることとなり、この決定は醍醐天皇に深い心の傷を残したと伝わる。晩年には、天変地異や疫病が相次いだことから、道真の怨霊を恐れたという逸話も残されている。その治世は、平安文化が最も洗練された「光」の絶頂期であると同時に、怨霊信仰という「影」が歴史に色濃く刻まれた時代でもあった。いらすとすてーしょんでは、出生地を京都府とさせていただきます。
【政治の部屋|醍醐天皇】平安時代編.22New!!
26京都府
867-931を生きた政治家(第59代天皇)。光孝天皇の第七皇子として生まれるも、皇族の数が増えすぎた当時の事情により、一度は皇族の身分を離れて「源定(みなもとのさだむ)」という名を授かり、一人の貴族として臣下の列に加わる。しかし、父の崩御という緊急事態に際して皇族に復帰し、即位するという日本史上でも極めて珍しい経歴を持つ。即位後は、特定の家系に権力が集中するのを防ぐため、藤原氏から距離を置きつつ、学問の天才・菅原道真を抜擢。「寛平の治(かんぴょうのち)」と呼ばれる天皇自らの政治を行い、遣唐使の廃止を検討するなど、日本の独自性を尊重する国政を推進した。譲位後は自らが創建した仁和寺に入り、日本史上初めての「法皇(出家した天皇)」でもある。その治世は、慣習に縛られず、天皇の権威と理想を貫こうとした平安中期の大きな転換点であった。いらすとすてーしょんでは、出生地を京都府とさせていただきます。
【政治の部屋|宇多天皇】平安時代編.21
シューちゃん

シュー(Syu)です
2026年も、よろしくね

館長

「いらすとすてーしょん」は5年目を迎えました。今年も、皆様に役立つ世界の偉人たちをシューちゃんと共にフリーイラストポートレートをお届けします

お探しのジャンルはございますか?

Japan OR Global

検索はこちらから

Syusuke Gallery
イラストポートレートをお楽しみください

いらすとすてーしょんイラストポートレートSyusukeGalleryTOPPAGE-LOGO
この人知ってる?新たな出会いがあるかも!?Syusuke Gallery