田常次郎 Tsunejiro Tomita

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こちらのページでは【発見アスリート|富田常次郎】‘柔道の父’嘉納治五郎の右腕だった講談館四天王の一人は腹心中の腹心 をお楽しみください

富田常次郎イラストポートレート(Syusuke Galleryより

講道館二人目の渡米

まずは講道館四天王最後の登場の富田常次郎ってどんな人だったの?

1865年生まれだから四天王の山下義韶と同い年、いまの静岡県沼津市の出身なんだ

嘉納治五郎のお父さんに声をかけられて上京したって言われてる

そんなに簡単に上京しちゃうの?

いやいや、嘉納治五郎のお父さんは政府で働いていて、たまたま出張先で顔見知りになったんだって

嘉納治五郎のお父さんが常次郎を見た時、その所作が行き届いていることに感服したみたい

嘉納治五郎のお父さんに連れられて常次郎は1879年上京

嘉納家の書生になって、5歳上の嘉納治五郎と寝食を共にして育っていく

講道館門下生1号

それから3年の月日が流れて、1882年ついに嘉納治五郎は私塾である嘉納塾(後の講道館)を永昌寺境内に開いた

もちろんその門下生第一号は常次郎で、二人で柔道の稽古を開始、その年には門下生は全員で9人となった

すごいのが嘉納塾には弘文館という英語学校がも創って常次郎は英語の勉強を開始したんだ

嘉納治五郎が大学で教鞭と執っていた関係で、講道館の門下生も増えていくそんな中、常次郎は自身の勉強と共に講道館を支えていく

柔道の腕もメキメキと上げていって、故郷に講道館分場(韮山分場)をつくったり、嘉納治五郎の紹介で学習院でも柔道を教えたりと教育者としても頭角を現していく

そして1904年11月

講道館四天王の一人山下義韶に続き、二人目となる富田常次郎、その随伴者として門下生の前田光世と共に渡米決定

先の山下義韶は第3者からの依頼であったのに対して富田常次郎は講道館の銘を受けてのもの

嘉納治五郎は講道館からの派遣にこだわったんだろうな

白羽の矢は、英語が堪能(弘文館で学んでいたからね)で、とにかく一番弟子で最右翼の富田常次郎に刺さる

壮行会の時に「背水の陣」と富田常次郎は述べたと伝わっているので、そのプレッシャーはかなりのものだったみたい

アメリカ西海岸シアトルについた富田常次郎らはウェストポイント(陸軍士官学校)へ向かった

そこで柔道のデモンストレーションを富田常次郎前田光世は行って見せるも、雰囲気は異種格闘技戦となる

先方は前田光世、からくも勝利したかのようであったが、ルールがめちゃくちゃだったので後味悪い結果

そして前田光世が試合を終え着替え室から戻ってみると…

富田常次郎に戦いを挑む士官生の姿があった

富田常次郎は受けて立つ

しかし、一進一退の構図となった

先方の士官生の疲れが濃くなったところで、中止を申し込んできた

富田常次郎は分別つけ握手で試合終了となった

問題はここからである

翌日の新聞にこんな記事が掲載された

日本代表柔道家、士官生に負け病院送りになった…と捏造

おまけに包帯グルグル巻きに杖をつく、怪しい写真付き

事実無根と新聞社に謝罪を申し込むも、すべて無かったことのように扱われた

さらにこの事実無根のニュースは日本にも伝わってしまう

これを聞いたかどうかは定かではないが、嘉納治五郎の心中は穏やかでなかったんじゃないかなぁ

富田常次郎前田光世はやるせない思いを胸に、途方にくれた

それからどうなったの?

それでも講道館で鍛え抜かれた強靭な心身は健在だったと思う

どうやって講道館柔道を広めるか!?、のヒントを掴んだ洗礼と理解した

そこから富田常次郎は西海岸に、前田光世はヨーロッパに渡る

富田常次郎はシアトルを拠点として柔道教室を開始

ウェストポイントでの出来事が功を奏し、現地に受け入れる柔道を手に入れたんじゃないかと思う

まさに「小よく大を制す」、さらに深い意味を富田常次郎は体得たんだろうなぁ

徐々に講道館柔道が西海岸で受け入れれてきて…そして渡米から7年後、アメリカでの経験をお土産に富田常次郎は日本へ帰国

帰国後は、世界を見たその目を活かし、講道館のみならず東京体育クラブというジムを創り、柔道の発展に力を注ぐ

よく「井の中の蛙」っていうけど、富田常次郎は渡米経験で逞しく、そして一回りも二回りも大きな器を手に入れたんだ

ところでもう一人の前田光世は?

東海岸に留まったあと、ヨーロッパはイギリス、フランス、ベルギー、スペインと渡り歩き、その後中南米へ

それから…

今回はここまで

次回、前田光世のイラストポートレートをお届けするときまで、もう少し詳しく調査しておきます

私の息子著「姿三四郎」

講道館四天王の一人西郷四郎をモデルとした、明治期を中心として柔道を取り巻く世界を描いた小説

この小説を書いたのが、富田常次郎の子富田常雄

やなり富田常次郎の子だけあって、柔道段位は5段なんだって

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私の師はご存知「嘉納治五郎」

28兵庫県
1860-1938を生きた講道館柔道の創始者は明治、大正、昭和の日本スポーツ界をリードした
【発見アスリート|嘉納治五郎】柔道の父は日本オリンピックの祖

その名は柔道界のみならず多くのスポーツファンに名を響かせているJigoro Kano。講道館柔道の創始者は近代日本にスポーツを根付かせた第一人者。そして日本人を柔道で世界に広めた一人でもあった。いらすとすてーしょんSyusuke Galleryアスリートの部屋よりイラストポートレートをお届けします。

講道館四天王は私たち

07福島県
1866-1922を生きた嘉納治五郎の弟子となり、後の道場「講道館」四天王のうち最強と呼ばれた柔道家。富田常雄による小説「姿三四郎」のモデルであり、黒澤明監督デビュー作品はこの「姿三四郎」であった。
【発見アスリート|西郷四郎】‘柔道の父’嘉納治五郎の右腕だった講談館四天王の一人は最強男
14神奈川県
1865-1935を生きた嘉納治五郎の弟子となり、後の道場「講道館」四天王は世界に柔道を広めた外交官でもあった。その成果は時の大統領ルーズベルトに認められ毎週山下師範の指導を受け段位取得したほど。講道館最初最高位十段授与者でもあった。
【発見アスリート|山下義韶】‘柔道の父’嘉納治五郎の右腕だった講談館四天王の一人はルーズベルト大統領の師だった
13東京都
1864-1912を生きた嘉納治五郎の弟子となり、後の道場「講道館」四天王のうち鬼神と呼ばれた柔道家。そして酒豪であり日本酒は8升から1斗は呑んでも酔わなかった伝説の持ち主。
【発見アスリート|横山作次郎】‘柔道の父’嘉納治五郎の右腕だった講談館四天王の一人は柔道もお酒も強かった
22静岡県
1865-1937を生きた嘉納治五郎と寝食を共にし、柔道の道を極めた講道館四天王の一人は、山下義韶に続いて渡米し柔道の国際発展に大きく功績を残した。
【発見アスリート|富田常次郎】‘柔道の父’嘉納治五郎の右腕だった講談館四天王の一人は腹心中の腹心
講道館は、1882(明治15)年に嘉納治五郎師範によって創設され、世界約200の国と地域で行われている講道館柔道の総本山であり、講道館柔道を指導研究教授してその普及発展を図り、国民、特に青少年の心身鍛練に貢献することを目的とした公益財団法人です。

公益財団法人

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新たに公開のイラストポートレートをご覧ください

38愛媛県
1873-1937を生きた俳人の師は正岡子規。当初子規には俳句でなくベースボールの師匠でありその後文学を学んだと伝えられている。 子規の死後5・7・5の形式に拘らない自由な俳句(新俳句界の新傾向)に傾倒し高浜虚子と対立。
【文学の部屋|河東碧梧桐】師は正岡子規でしたNew!!
38愛媛県
1874-1959を生きた俳人の師は同級生の河東碧梧桐に紹介された正岡子規。子規の同級生であった柳原極堂が創刊した俳句雑誌ほとゝぎす(後のホトトギス)の編集長を引き継ぎ師子規の目指した写生論を継承。
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38愛媛県
1867-1902を生きた日本を代表する俳句、短歌の文壇。写生論で歌の革新運動を進めた。
【文学の部屋|正岡子規】俳句・短歌の革新に取り組みました
13東京都
1712-1761を生きた1603年徳川家康征夷大将軍任命より1867年徳川慶喜大政奉還宣言後明治改元まで265年間続いた江戸幕府、その第九代将軍Ieshige Tokugawaの在職期間は14年6ヶ月。父第八代将軍吉宗の長男。
【探究ネタ】「徳川家重」江戸幕府第九代征夷大将軍

今月の推し偉人

まりあ

"いらすとすてーしょん"2023年1月の


推し偉人はわたし「マリア・カラス」

0001アメリカ合衆国出身
1923-1977を生きた20世紀を世界を代表するソプラノ歌手。その人生は公私共に波瀾万丈。トップの座を射止めた歌声は完璧を追い求め、そして愛に翻弄される。2023年は生誕100年、そして2017年に公開された「私は、マリア・カラス」はマリアの未完の自叙伝を映画化。誰も知らないマリア・カラスに会えます。
【音楽の部屋|マリア・カラス】Maria by Callas

「推し偉人」

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いらすとすてーしょん」では毎月「推し偉人」を


特集しています

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2022-03-3104宮城県

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いらすとすてーしょんからのお知らせ

創業76年を迎える総合広告代理業を営む栄光社のイチオシと「いらすとすてーしょん」のコラボレーションが2022年7月1日ついにオープン!イチオシ美術とそのイラストポートレートで贈る作者をぜひご堪能ください
創業77年を迎える栄光社HP新企画「イチオシ」と、


いらすとすてーしょん「Syusuke Gallery」の


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「イチオシ」で取り上げられた美術のその作者を


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