歌川広重 Utagawa Hiroshige

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こちらのページでは【画家の部屋|歌川広重


旅ブームでバズる名所絵 をお楽しみください

歌川広重イラストポートレート(Syusuke Galleryより )

歌川派って?

とよくに

歌川派については私のイラストポートレートにお立ち寄りください

13東京都
1769-1825を生きた浮世絵師。歌川豊春(1735-1814)の高弟となり、その豊春を祖とする江戸後期の浮世絵歌川派を確立した。1794(寛政6)年スタートの役者絵のシリーズ、役者舞台之姿絵で猪首猫背型を特徴とした人物画に印象の強い形と色彩によって実在感を強調する画風とし人気を博した。多くの門人を抱え国貞、国芳といった人気絵師を輩出した。
【画家の部屋|歌川豊国】役者絵はリタッチで大人気

広重の名所絵

東海道五十三次

ひろしげ

53の宿場とスタートの江戸日本橋、そしてゴールの京三条大橋の55枚からなる大作を満を持して書き上げました

館長

かの有名な「東海道五十三次」ですね

館長

ところで

館長

そして各絵には描く様をあらわす副題も楽しみの一つです

蒲原

ひろしげ

では私の名所絵を東海道五十三次 蒲原をご覧ください

ひろしげ

蒲原 夜之雪
Wikimedia Commonsより

歌川広重作の東海道五十三次蒲原、副題は夜之雪。笠をまとった人物のみに色が施され、暗闇に降り続く雪との相対的な叙情性を感じる作品。東海道蒲原は静岡県に位置し温暖な土地。そこにしんしんと降り続く雪。広重の意図はどこに? ※public domain
※public domain

副題は夜之雪

館長

副題は夜之雪

館長

笠をまとった人物のみに色が施され、

館長

暗闇に降り続く雪との相対的な叙情性を感じる作品

静岡が雪景色?

館長

東海道蒲原は静岡県に位置し温暖な土地

館長

そこにしんしんと降り続く雪

館長

広重さんの意図はどこに?

館長

ちなみに静岡県蒲原はこのあたりです

旅ブームでバズる広重!?

1830年ごろは名所絵ブーム?

館長

ちなみに私と共に活躍していた歌川国芳さんも名所絵(風景画に近い?)を手掛けています

歌川国芳作 東都三ツ股の図

くによし

東都三ツ股の図
The Metropolitan Museum of Art所蔵

歌川国芳作、東都三ツ股の図は風景画。煙と雲が一体化するユニークな表現、そして左手後方にはスカイツリーを彷彿させるような櫓、そしてレインボーブリッジ?ベイブリッジ?が当時ったのかと錯覚させる木橋の永代橋。 ※public domain
※public domain
館長

歌川国芳さんの「東都三ツ股の図」

館長

これは広重さんの東海道五十三次を発表する数年前(1830年ごろ)の作品とされています

館長

煙と雲が一体化するユニークな表現

200年前にスカイツリー?

館長

左手後方にはスカイツリーを彷彿させるような櫓

館長

そしてレインボーブリッジ?ベイブリッジ?と錯覚させる木橋の永代橋

館長

国芳さんには200年後の東京が見えていたのかもしれません

館長

そういえば、葛飾北斎さんが富嶽三十六景を発表したのもこの(1830年)頃でしたよね?

館長

と、いうことはこの時代は名所絵が流行っていたということですか??

ひろしげ

よく気がつきましたね

館長

やっぱり!

浮世絵のニーズって??

ひろしげ

ちょいと時代背景をみてみましょう

ひろしげ

歌川派が興ったころも、その前も、

ひろしげ

浮世絵に求めているものは刺激や派手さだった

歌川国貞作 当世好男子伝・松

くにさだ

当世好男子伝(ようせいすいこでん)・松
Museum of Fine Arts, Boston所蔵

「当世好男子伝」松 「九紋竜支進に比すのざらし語助」三代目市川市蔵 「花和尚魯智深に比す朝比奈藤兵衛」初代中村福助 「行者武松に比す腕の喜三郎」初代河原崎権十郎 Utagawa Kunisada作
※public domain
館長

このような作品ですね

1786-1865を生きた浮世絵師。初世歌川豊国の門人となり江戸化政期の美人画は粋な美意識を追求、そして役者絵は特に人気を博し役者絵の国貞と称された。草双紙(合巻)挿絵にも幅広く作品を残している。
【画家の部屋|歌川国貞】役者絵の国貞
ひろしげ

そうそう!

名所絵が人気になる理由とは

ひろしげ

それが、とある出来事が重なって名所絵が持て囃されるようになったんです

館長

と、ある出来事というと??

ひろしげ

まずは幕府のお達しの数々なんだけど…

改印制度発令

ひろしげ

松平定信の行った寛政の改革(1790年)の改印制度が発端かなぁ
※あらためいんせいど

ひろしげ

この制度は印刷物は幕府のお墨付きをもらわないと出版できないことを意味しているんです

館長

そうすると、これまで自由奔放の浮世絵界(少々言い過ぎ?)は大打撃ですよね

ひろしげ

おっしゃるとおり!

ひろしげ

特に幕府の批判や無駄使い、風紀を乱すものが対象

ひろしげ

もし幕府に目を付けられると厄介なことになる

安全な作品って?

ひろしげ

そこで、我々は安全な名所絵に着目したんだ

館長

でも広重さん、浮世絵に求められているものは「刺激や派手さ」って仰っておられましたけど…

ひろしげ

それにはもう一つの理由があるのですよ

館長

もう一つとは…

江戸時代の旅事情

ひろしげ

空前の旅ブーム到来!

館長

旅ブームですか?
確か幕府は人々の移動を認めていなかったと記憶していますが…

ひろしげ

詳しいですね!
もし関所を越えようとすると通行手形が必要でした

館長

今でいうパスポートですか

ひろしげ

この通行手形は旅目的では発行されません

館長

ではどんな目的なら発行していただけるのですか?

ひろしげ

それは、寺社仏閣への参詣であればOKだったのです

ひろしげ

特にお伊勢参りなぞは、ほぼ100%

ひろしげ

その他の有名どころの寺社仏閣もほとんど許可されることが多かった

ひろしげ

それならば参詣を理由に旅に!

ひろしげ

こんな風潮がこの時代に沸き起こりました

江戸時代の歩き方

ひろしげ

ちなみに「名所図会」という、今で言うガイドブックも登場しました

館長

これですね!
斎藤月岑作 江戸名所図会
Wikimedia Commonsより

斎藤月岑作 江戸名所図会※public domain
※public domain
ひろしげ

旅ブーム到来!

名所絵全盛期到来

ひろしげ

だったら浮世絵も旅をテーマに!

館長

それで53の宿場とスタートの江戸日本橋、そしてゴールの京三条大橋の55枚からなる大作が出来上がるのですね

ひろしげ

この五十五枚と言うのがミソなんですよ

ひろしげ

商い的にはね

館長

それって、コレクター心理をうまく掴んだってことですか!

ひろしげ

そんなところだよ

ひろしげ

すべての絵を揃えたくなるでしょ!
やっぱりね!!

館長

広重さんはそれから数々の名所絵シリーズを展開

館長

その名は世界に今もなお響かせています

いらすとすてーしょん風?名所絵!?

館長

もし広重さんが、いま名所絵を描いたらどんな感じになるのかと興味が湧いてきました

館長

そこで、ここはDALL-E(生成AI)さんにお願いして、いらすとすてーしょん風名所絵を描いていただきました

館長

飛鳥山 春之街

館長

神田川 秋之夕暮

ひろしげ

DALL-Eさん、なかなかの腕前ですな

館長

では少し、広重さん風に
富士とツリー 嵐之前

館長

歓楽街 夜明前

館長

お粗末でした

画家・新着偉人(It's New)は


こちらから

0033フランス共和国出身
1844-1910を生きた画家。通称"税関吏ルソー"はパリ市入市税関に勤めながら、独学で風俗画や空想的、幻想的な原生林風景画など独創的な才能を活かし絵を描いた。そのキャンパスに描く単純さ、明らかな構図を持ち合わせた素朴さをパブロ・ピカソはキュビズムに通じると高く評価したとされる。
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0033フランス共和国出身
1798-1863を生きた画家。早世したジェリコーに影響を受け、ロマン主義を受け継いだ巨匠は、新古典主義を掲げ当時の絵画界の権力者アングルに挑み続ける。そしてギリシア独立戦争におけるオスマン帝国の弾圧を描いた「キオス島の虐殺」はヨーロッパ全土に影響をあたえ、ギリシヤ独立のきっかけとなったとされている。そして フランス7月革命をモチーフにした「民衆を導く自由の女神」はロマン主義最大の作品としていまでも人々を魅了し続けている。
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0049ドイツ連邦共和国出身
1577-1640を生きた画家。17世紀フランドルにおいてバロック様式を確立し、それはイタリア美術と肩を並べるほどの技術であったとされる。ミケランジェロ、ティツィアーノの作品から学び、イタリア留学時の盟友カラッチやカラバッジョらから影響を受け巨匠の階段を駆け上がった。帰国後はネーデルランド国における宮廷画家となり、工房を組織化し大規模な制作拠点を築いた。古典的知識を持つ人文主義学者、美術品収集家、さらに七ヶ国語をあやつり、外交官としても活躍している。
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0033フランス共和国出身
1871-1958を生きた20世紀マティス、ピカソとならびフランスを代表する画家。ギュスターブ・モローに師事し、師の絵に加えて、感情豊かな象徴的要素を強調する新しい芸術手法に挑んだ巨匠。その性格は完全主義的であったとされている。
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0034スペイン王国出身
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0001アメリカ合衆国出身
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0049ドイツ連邦共和国出身
1891-1976を生きた画家。第一次世界大戦を背景にあらゆる手法を用いてでも既存の芸術や文化を否定する「ダダイスム」運動に参加。幻想的で謎めいた形而上絵画に端を発したシュルレアリスムの一翼を担い、ジョアン・ミロらと共に中心的な活動を行う。その後第二次世界大戦下ではアメリカに亡命し、戦後フランスに帰化する。
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0044英国出身
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0033フランス共和国出身
1839-1906を生きた画家。ロマン主義、写実主義に影響を受け、印象主義の親方的存在のピサロの慕い、その後幾何学的な要素を取り入れた作風を示し、ポスト(後期)印象主義の道を歩んだ。この頃の作品はジョルジュブラックやパブロ・ピカソに大きな影響力を与え、キュビズム誕生のきっかけとなった。
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0033フランス共和国出身
1882-1963を生きた画家。パブロ・ピカソと共にキュビズムを作り上げた。その作風は印象派からスタートし、その後マティスなどに影響を受け、フォーヴィズムに傾倒。そしてセザンヌの幾何学な立体表現を応用し、平面空間に立体を積み上げるキュビズムの道を歩んだ。
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0033フランス共和国出身
1850-1891を生きた画家。印象派の作品からさらに独自の画風と取り入れ、筆触分割を細分化し点描を用いて新印象主義と評価される。そこに輪郭に明暗を強調することで立体感を醸成する作品に仕上げている。
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0044英国出身
1828-1882を生きた画家であり詩人。第二次ラファエル前派から、作品の美しさのみを目指し描くフランスロマン主義文学より派生した思想を絵に取り入れ、唯美主義という新しいスタイルを確立した。
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0001アメリカ合衆国出身
1834-1903を生きた画家。活動はイギリスを拠点として、その頃ロセッティなどが進めていた唯美主義の一人でもある。その作風はジャポニスムを意識し、人物や風景画にクラシック音楽のタイトルを用い、絵の主題を特定できないような唯美主義を継承している。
【画家の部屋|ホイッスラー】アメリカ出身の唯美主義画家
0033フランス共和国出身
1864-1901を生きた画家。その筆は鋭い観察とデッサンでパリの風俗を描く。1890 年代には多色刷リトグラフ(石版画)を用いたポスター芸術分野において全盛期をもたらし活躍した。その作風は印象派画家のドガや浮世絵などのジャポニスムに影響を受けたとされる。
【画家の部屋|ロートレック】世間を魅了したポスター
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1757-1827を生きた画家であり詩人。自由を求めた独自の価値を追求したロマン主義の先駆者で、詩人でもあった洞察力で、独自の想像力溢れる創造神話の世界を描いた。それはアメリカ独立戦争やフランス革命の時代背景を受けて新時代の到来を予言させる作品を手がける。
【画家の部屋|ブレイク】詩人が描くロマン主義
0001アメリカ合衆国出身
1791-1872を生きた画家であり、発明家。絵画を学ぶために渡英。肖像画家として活躍し、1825年国立デザインアカデミーの創設に尽力した。また発明の分野では通信のために特有の符号の開発者の一人であり、後のモールス符号となる。電信通信の基礎を築いた。
【画家の部屋|モールス】肖像画家は発明家
0031ネーデルランド(オランダ)王国出身
1606-1669を生きた画家。ヨーロッパ絵画に新たな風俗画や風景画といった市民絵画を持ち込み、その全盛期を築く。独自の明暗法で人間の内面性や精神性を表現した。その作風はバロック的な構図と明暗の表現を用い、人間の深い精神性を描き出し、特に光と影の微妙な諧調で描かれている。肖像画、宗教画、風景画のほかに、エッチングや素描といったさまざまな作品を残している。また版画家としてもその名を響かせている。
【画家の部屋|レンブラント】エッチングの巨匠
0030ギリシャ共和国出身
1541-1614を生きた画家。大胆な構図と光沢のある色調を駆使して独自の宗教画を描き、ルネサンスとバロックの時代の橋渡しをおこなった。その劇的な構図、明暗構成、そして細長く様式化された人物像で描いている。最高傑作であるオルガス伯の埋葬(1588ごろ)は、地上の埋葬場面に並ぶリアルな肖像画群と、天上界やその住人たちの描写が見事に対比され、スペイン滞在時のグレコ宗教画の象徴となっている。ビザンティン様式のイコン画家との指摘もされている。
【画家の部屋|エル・グレコ】ギリシャ出身宗教画の巨匠
0044英国出身
1776-1837を生きた画家。自然をキアロスクーロ(明暗技法)で表現する風景画を描いた。古典的な風景画を用いながら、新鮮な色彩と光の表現によって、フランスの風景画家やドラクロワなどのフランス・ロマン派画家に影響を与えたイギリス人画家として高く評価されている。