ピーテル・パウル・ルーベンス Peter Paul Rubens
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こちらのページでは【画家の部屋|ルーベンス】
フランドル・バロックの巨匠をお楽しみください
ルーベンス
イラストポートレート(Syusuke Galleryより )
ルーベンスって
時は1600年
青年画家ルーベンスさんは長年の夢を叶えるときがやってきます
ルーベンス イタリア留学
それはイタリア留学
そして1600年ついに実現します
そして約8年間にも及ぶ留学機会では
ミケランジェロ作品
ミケランジェロ登場
ミケランジェロです
ティツィアーノ作品
ティツィアーノ登場
ティツィアーノです
【画家の部屋|ティツィアーノ】ヴェネツィア派絵画の巨匠
ルネサンス期における巨匠たちの作品に影響を受けました
その中でもティツィアーノさんの作品はルーベンスさんに大きな影響を与えたとされています
わたしの作品がお役に立てて嬉しいです
ぜひわたしのイラストポートレーにもお越しくださいね
そしてイタリア留学時代に同年代であったこちらの巨匠たちとの交流もルーベンスさんに影響を与えていました
カラヴァッジョ登場
カラヴァッジョです
【画家の部屋|カラヴァッジョ】バロック美術の時代を告げる
カラヴァッジョさんはイタリアでのバロック美術の扉を開いた巨匠であり、静物画の始まりを告げた巨匠でもありました
ちょうどルーベンスがイタリアに来た1600年にこの作品を描いたのですよ
カラヴァッジョ作 聖マタイの召命
カラヴァッジョ作 聖マタイの召命
サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会 1600年ごろの作品
Wikimedia Commonsより
この作品がバロック美術の幕開けと言われているようですね
カラッチ登場
カラッチです
【画家の部屋|ルドヴィコ・カラッチ】一族で新たな古典主義をつくりました
カラッチさんは家族で美術アカデミーを創設して、後のボローニャ派のきっかけをつくりました
それはヴェネツィア派の写生を重視したスタイルから新たな古典主義を生み出したのがカラッチさんです
このヴェネツィア派の最盛期をつくったのがティツィアーノさんでした
こうやって考えると、この時期のイタリア美術はヨーロッパを間違いなくリードしていたってことですね
フランドルへ帰国
その後、留学先でお母様の体調悪化の知らせを受けたルーベンスさん
約8年滞在したイタリアをあとにします
フランドル※に戻ったリーベンスさんは…
Q:フランドルはどのあたり?
A:旧フランドル伯領を中心としてオランダ南部、ベルギー西部、フランス北部に広がっていた地域をさします。ちなみに英語読みするとフランダースになります
ネーデルランド国の宮廷画家へ
ネーデルランド国の宮廷画家をつとめます
ルーベンスさんのもとには数々の絵画の依頼が殺到
ネーデルランド以外からの諸外国からもオーダーが舞い込んでいたそうです
工房創設
そこでルーベンスさんは工房を創設して
その工房を組織化し大規模な制作拠点を築きあげました
このルーベンス工房からも多くの巨匠が育っています
その一人が…
ヴァン・ダイク登場
ルーベンス工房出身のヴァン・ダイクです
【画家の部屋|ヴァン・ダイク】英国肖像画の礎
ダイクさんはその後、英国の宮廷画家となって…
ヴァン・ダイク作 英国王チャールズ1世の肖像
ルーブル美術館所蔵 1635年ごろ
Wikimedia Commonsより
チャールズ1世のもとで肖像画を手がけました
さて、ルーベンスさんに話をもどしましょう
ヴェネツィア派絵画の巨匠ティツィアーノさんに影響を受けたルーベンスさんは
このヴェネツィア派絵画を更に発展させました
ヴェネツィア派絵画を発展
色彩美に溢れた晩年のティツィアーノさんから
光と影をより鮮明に
より感情表現を強調した作風を完成させていきました
ではこちらの作品をご一緒にみてみたいと思います
十字架降下
ルーベンス作 十字架降下
アントワープ聖母大聖堂 1614年ごろの作品
Wikimedia Commonsより
アントワープ聖母大聖堂三連祭壇画として
ルーベンスの描いた十字架降下です
ダイナミックな構図と鮮やかな色彩