ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンク Jan Pieterszoon Sweelinc

ようこそ!フリーイラストポートレートと


歴史の停車場いらすとすてーしょん」へ
こちらのページでは【音楽家の部屋|

スウェーリンク
フランドル楽派最後の巨匠

をお楽しみください

スウェーリンク

イラストポートレート(Syusuke Galleryより )

フランドル楽派って

館長

今回はスウェーリンクさんのイラストポートレートをお届けしました

館長

ここでフランドル楽派について簡単にご紹介します

フランドル楽派は15世紀中ごろから16世紀後半

館長

このフランドル楽派は15世紀中ごろから16世紀後半ぐらいに…

館長

フランドル地方で興ったヨーロッパに影響力を持った学派です

館長

ちなみにフランドル地方とは現在のベルギーやフランス北部、そしてオランダ南西部あたりの地域を指していますよ

どんな音楽?

館長

フランドル楽派はポリフォニーを通じて宗教的および世俗的な声楽曲を

館長

そして器楽曲のつくっていきます

館長

ポリフォニー?ですか

館長

ポリフォニーは日本語ですと多声音楽と訳せると思います

館長

たくさんの音という意味を含んでいて

館長

声部すべてが独立して奏でる楽曲のことです

フランドル楽派は1期から4期に分類

館長

フランドル楽派は1期から4期ぐらいに分類されることが多いです

第1期は15世紀前半ぐらい

館長

その第1期は15世紀前半ぐらいで

館長

ブルゴーニュ楽派と呼ばれる楽派が、フランドル楽派の"はしり"と言われています

第2期は16世紀に入ったぐらい

館長

第2期は16世紀に入ったぐらい

館長

その代表的な作曲家はお馴染みこのお方です

ジョスカン・デ・プレ登場

ジョスカン

ベルギー出身のわたしジョスカン・デ・プレです

c.1450-1521を生きたフランス・フランドル楽派の作曲家であり、ルネサンス音楽期に活躍。対位法の巧妙な技術を用いて、旋律の美しさ、複雑さ、そして感情豊かな表現を特徴としている。ジョスカンの作曲が世に広まった背景の一つとして印刷技術の発展があり、それまで書写であった楽譜がペトルッチなどの印刷業者によって印刷した楽譜を出版可能となり、1502年にはジョスカンのミサ曲集が出版されている。
【音楽の部屋|ジョスカン】世界初出版された作曲家
館長

ジョスカンさんはイタリア和声法とポリフォニー、そしてホモフォニーの対比に注目した作曲家でした

館長

おっと!和声とはハーモニーのことです

館長

つまり異なる音を同時に奏でること

館長

そしてモノフォニーは…

館長

無伴奏で

館長

単旋律や一つだけの音で奏でる音楽です

第2期は16世紀中頃

館長

そして第3期は16世紀中頃でしょうか

館長

第3期で最も注目されるのは…この巨匠です

エイドリアン・ウィラート登場

ウィラート

ベルギー出身のわたしエイドリアン・ウィラートです

c.1490-1562を生きたヴェネツィア楽派の作曲家。ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂の楽長となり終生この職を務めた.宗教曲を中心に,器楽曲など多くの曲を残す。その代表モテット作品は「O magnum mysterium」でテクスチュアルな豊かさを放っている。
【音楽の部屋|ウィラート】ヴェネツィア楽派の祖
館長

フランドル楽派からイタリアに渡り…

館長

そしてヴェネツィア楽派を形成した巨匠です

館長

この時期のヨーロッパ音楽は…

館長

シャンソンやマドリガルのような世俗歌曲

館長

器楽合奏曲やリュートや鍵盤楽器用独奏曲が相次いで作曲されました

チプリアーノ・デ・ローレ登場

ローレ

リュートはフランドル楽派のあとのバロック期に流行った弦楽器です

ローレ

リュートについては武蔵野音楽大学のHP に詳しく記載されていますよ

ローレ

えっ?わたしは誰かって??

1515-1565を生きた作曲家。音楽家としての才能を発揮するためイタリアへ渡り当時のサン・マルコ大聖堂楽長であったウィラートに師事し研鑽を積み、その後ウィラートを継ぎ同聖堂の楽長となった。特にルネサンス期のマドリガーレの分野でその名を響かせた。 ※出生年を1515年、出生地をベルギーとさせていただきます
【音楽の部屋|ローレ】中後期マドリガーレの巨匠
館長

ご紹介が遅れました
こちらもベルギーご出身のチプリアーノ・デ・ローレさんです

館長

さてフランドル学派第3期に話を戻して…

館長

この時期はルターの宗教改革もあり…

館長

ルター派音楽も誕生したのがこの時期です

マルティン・ルター登場

ルター

ドイツ出身のマルティン・ルターです

1483-1546を生きた神学者であり作曲家。教皇の教義・権威によらないキリスト教信仰の自由や聖書に書かれている教えを信奉することを唱え、95ヶ条の論題を教会のドアに掲示して宗教改革を行う。その改革の一つとして、それまでラテン語であった教会音楽を母国語の歌詞に翻訳し、聖書の言葉を理解しやすい言語で歌い、賛美すること目指しプロテスタント音楽の礎を築く。
【音楽の部屋|ルター】母国語で行った宗教改革

第2期は16世紀後半

館長

そして第4期は16世紀の後半です

館長

第4期で最も活躍したのは…この巨匠でしょうか

オルランド・ディ・ラッソ登場

ウィラート

ベルギー出身のわたしオルランド・ディ・ラッソです

1532-1594を生きたその美声から幼少期に誘拐の逸話が残るほどの作曲家。ヨーロッパ各地で活動し、ミラノやナポリで経験を積む。その後ミュンヘン宮廷楽団長となり終身活躍した。ミサ曲やモテトゥス、マドリガーレなど2000曲以上の多彩な作品を残し、宗教曲ではルネサンス様式と劇的な表現の作風。特にミュンヘン宮廷でのアルブレヒト5世公と深い親交と相まって、ヨーロッパ中でそのラッソの音楽は高く評価された。アルブレヒト5世公が門外不出とした「7つの悔悛詩篇曲集」があり現在もなお語り継がれている。
【音楽の部屋|ラッソ】バイエルン公に認められた作曲家
館長

あとは…

フィリップ・デ・モンテ登場

モンテ

ベルギー出身のわたしフィリップ・デ・モンテです

1521-1603を生きた作曲家。神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世とその後継者ルドルフ2世時の宮廷音楽家としてその名を馳せた。そしてマドリガーレ後期のマドリガル作曲を司り、当時最も多くの作品を残した。その数は1100曲以上とも伝わっている。
【音楽の部屋|モンテ】後期マドリガーレの巨匠
館長

そして今回の主人公のご登壇です

スウェーリンク

ようやく私まで辿り着きましたね

スウェーリンク

こうやって歴史を辿ると多くの巨匠たちがフランドル楽派で活躍していたことがわかりました

スウェーリンクって

館長

ではスウェーリンクさんについて簡単にご紹介したいと思います

館長

このスウェーリンクさんですが…

ジョン・ブル登場

ブル

よければわたしからスウェーリンクをご紹介しましょうか

館長

これは謎めくオルガニストのジョン・ブルさん

1562-1628を生きた作曲家。エリザベス1世らに仕えオルガニストとして活躍。特に鍵盤楽器のための作品を多く残した。その一方でブルの生涯には謎が多くまとわりつく。その謎は女王陛下のためのスパイ活動を行っていたのではとの憶測も広がっている。そして1613年母国英国を離れその後、アントワープ大聖堂のオルガニストとして活躍した。
【音楽の部屋|ブル】謎めく作曲家
館長

ブルさんは英国を離れたあと、ベルギーを拠点に活動されていたとお聞きしていますが…

館長

一説によるとブルさんはスウェーリンクさんと親交があったとか…

ブル

まっ、その話は置いておいて…

一家はオルガニスト

ブル

スウェーリンクの一家はオルガニスト

ブル

そのお父上から音楽を学んだそうです

ブル

そしてアムステルダム旧教会のオルガニストに抜擢

フーガへの発展の礎

ブル

そして、のちのバロック期に人気を博したフーガへの発展の礎を作ったとされているんです

館長

フーガってなんですか?

ブル

フーガはイタリア語で

ブル

逃げるっていう意味

ブル

二つ以上の旋律が同時に奏でる対位法でね

ブル

そこに構成する細かく構成された二つ以上の声部からなる作品のことなんだ

ブル

このフーガで有名な曲といえば…

ブル

Fugue in G minor, BWV 578

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ登場

大バッハ

わたしの作品か?

大バッハ
館長

この機会ですのでFugue in G minor, BWV 578をお聴きください

Fugue in G minor, BWV 578

館長

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作 Fugue in G minor, BWV 578

ブル

このフーガにつながる作曲をしたのがスウェーリンクなんです

ブル

どんな感じだったというと…

ファンタジア

ブル

単一主題と三部構成から成るファンタジアでして…