マルティン・ルター Martin Luther
ようこそ!フリーイラストポートレートと
歴史の停車場「いらすとすてーしょん」へ
こちらのページでは【音楽家の部屋|ルター】
母国語で行った宗教改革をお楽しみください
※ルター母国語で行った宗教改革は音楽の部屋よりお届けさせていただきます
ルター イラストポートレート(Syusuke Galleryより )

教皇の教義・権威によらないキリスト教信仰の自由や
聖書に書かれている教えを信奉することを唱え
95ヶ条の論題を教会のドアに掲示して宗教改革を行う
その改革の一つとして、それまでラテン語であった教会音楽を
母国語の歌詞に翻訳し、聖書の言葉を理解しやすい言語で
歌い、賛美すること目指しプロテスタント音楽の礎を築いた
ルターと音楽
いらすとすてーしょん風
ルターの宗教改革

今回はルターさんのイラストポートレートをお届けしました

ルターさんの宗教改革については、共に歩んだラウさんのポートレートページでも紹介していますのでよろしかったらご覧ください
【音楽の部屋|ラウ】作曲家であり印刷業者
ルターとラウ

では16世紀ドイツで

起こった宗教改革
音楽がもたらした効果とは!?

その音楽がもたらした効果について

綴っていきたいと思います

この宗教改革の火蓋を落としたのはもちろん…

わたしですよね!

そしてこの宗教改革を後押ししたのが作曲家でもあり印刷業を営んだ…

ゲオルク・ラウです

ではどのように音楽が宗教改革の後押しをしたのか?
言語はラテン語

まずは当時の聖書や教会音楽の言語についてから始めましょう

聖書や教会音楽の言語ですか…

当時の聖書や教会音楽の言語はラテン語が主でした

なぜラテン語だったのですか?

キリスト教が広がる過程でラテン語は教会の言語として定着していたからなのでしょう

修道院などでもラテン語が用いられていましたから…

そうしますとラテン語を理解できなかったら…

内容は理解できなかったと思います

そこで私は考えました
ラテン語から母国語へ

ラテン語の教会音楽を母国語の歌詞に翻訳することで…

聖書のに書かれている内容を理解しやすくなるのではと…

なるほど‼️

内容を言葉として理解することが出来ますね

さらに付け加えると当時は読み書きの理解が限られていましたので…

音楽は非常に効果的な伝播手段でした

文字は読めなくても言葉は理解することができるってことですね

そうです

母国語に翻訳したこの教会音楽を普及できたのはラウの存在が大きかったのです

ラウさんは印刷業も営んでおられましたよね?
印刷技術向上で楽譜大量生産へ

印刷技術は大量生産を可能にしました

大量に印刷した楽譜を広く配布できるってことですね

その通りです

ルターの唱えた母国語の歌詞による教会音楽は…

人々にとってより理解できる表現となっていきました

これらはルター派音楽と呼ばれるようになり…

音楽によって変革が起きて…

宗教改革につながったのですね

ではここまでまとめますと…

ルターさんとラウさんが共に歩んだその道は

印刷技術によってルター派音楽が一気に広がり

大きな畝りとなってヨーロッパ全体に影響を与え…

宗教改革がより一層進むことになりました

さて今回はマルティン・ルターを取り上げさせていただきました

いらすとすてーしょんでは西洋音楽を彩ってきた音楽家を…

これからもご紹介していきます

どうぞお楽しみに!
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![1920-1992を生きた作詞家であり脚本家。中学卒業後、京都でアニメ映画製作など、職を転々とし、1941(昭和16)年召集され従軍。戦後、東宝の脚本家として「暗黒街の対決(1960)」や特撮映画「モスラ(1961)」などを手がけ、ゴジラシリーズにも名を残した。作詞家としては1958(昭和33)年、日本コロムビアと契約し、歌・小林旭「ダイナマイトが百五十屯(1958)」で鮮烈なデビューをはたす。以後、歌・舟木一夫「学園広場(1963)] 、「銭形平次(1966)」、歌・美空ひばり「柔(1964)」、など、映画やテレビの物語性と共鳴するヒット曲を連発。詞にドラマ性を宿した作風で、昭和歌謡の一翼を彩った。](https://illuststation196.com/wp-content/uploads/2026/01/Shinichi-Sekizawa-300x300.jpeg)

