六条天皇





Emperor Rokujo (1164-1176)

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教科書で見かけたあの有名人
実は必死に国をデザインした熱い政治家の一人だった!?
彼らが命を懸けて守ろうとした「日本」
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六条天皇
イラストポートレート Syusuke Galleryより

館長

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六条天皇って

館長

六条天皇にまつわるWeb Siteを取り上げましたので、ご参考に!

シューちゃん

生後7ヶ月で即位して5歳で譲位…、自分の意志とは関係なく、武士たちの描く「盤上の駒」のように動かされているような感じがするなぁ

館長

ここまで振り返りますと、摂関政治から院政、そして武家政権誕生への流れは、単なる偶然の積み重ねではなく、一つの時代が終わりを告げるための「必然」のようにも感じます

こんな背景

シリーズ:院政クライシス 〜源平時代の胎動〜

第4回:六条天皇 〜武士が天皇を凌駕する時代に生きた、幼き「影の帝」〜

今回のシリーズ:「院政クライシス 〜源平時代の胎動〜」は…

平安京では、院政が長期化し、上皇たちの思惑が複雑に絡み合い、宮廷は静かにきしみ始めていました。白河・鳥羽・後白河と続く院政三代は、摂関政治を継ぐどころか、むしろ政治構造をさらに混迷させ、やがて「武士」という新たな実力勢力を歴史の表舞台へと押し上げます。

天皇が幼くして即位し、上皇が政治を握る。
武士が都の政治へ踏み込み、
そして源平という二つの武士勢力が胎動する時代。

これは、院政の矛盾が爆発し、源平合戦へ至るまでの百年を描く物語。宮廷の静けさの下に潜む緊張、上皇たちの思惑、そして武士たちの台頭が重なり合い、日本史が大きくねじれる瞬間を、四つの視点から紐解きます。

全4回でお届けします。

第1回 鎌倉景政
武士の原像をつくった若武者(のちの武士台頭の源流)
第2回 源 義朝
武士が中央政治へ踏み込む「革命の扉」を開いた男
第3回 近衛天皇
院政の均衡が崩れ始めた「静かな引き金」
第4回 六条天皇
武士が天皇を凌駕する時代に生きた、幼き「影の帝」

近衛天皇の急逝をきっかけに、崇徳上皇・後白河天皇・鳥羽院の三者の均衡が崩れ、ついに勃発した保元の乱。その激流を経て政治の主導権を握ったのは、後白河院と、そして台頭著しい平 清盛 でした。

混迷する院政の渦中で、新たな帝として擁立されたのが、六条天皇(1164–1176)です。史上最年少、生後わずか7ヶ月での即位でした。

政治の渦が生んだ「最年少の帝」

六条天皇は、二条天皇の皇子として生まれました。しかし父・二条天皇が急逝したことで、帝位継承は後白河院の手に委ねられました。そして後白河院は、自らの政治的影響力を保つために、まだ乳児であった六条天皇を次の帝として即位させたのです。

ここで71代より81代までの天皇を整理します。

清盛が実権を握る時代

六条天皇の治世は、のちに「平氏政権の絶頂」と呼ばれる時期と重なります。清盛が武士として史上初めて公卿に昇進し、朝廷の要職を平氏が独占。貴族中心の政治秩序はついに揺らぎ始めました。幼き帝の周囲で政治を動かしていたのは、後白河院と平清盛という二巨頭のみであり、六条天皇は宮中で静かに過ごすほかありませんでした。

5歳での譲位、高倉天皇の時代へ

清盛は、自らの外孫である高倉天皇への即位を強く望んでいました。その圧力の中で、六条天皇はわずか5歳で譲位させられます。以後、13歳という若さで崩御するまで、彼の意思が政治に反映されることは一度もありませんでした。

院政クライシス 〜源平時代の胎動〜

六条天皇から始まった「平家の頂点」への道は、清盛の娘・平 徳子(建礼門院) を入内、そして安徳天皇の誕生へとつながります。しかし、その栄華の果てには、源氏の反撃と壇ノ浦の悲劇が待っていました。清盛の妻・平時子 に抱かれ、三種の神器とともに海へと身を投じた安徳天皇の姿は、この「院政クライシス」が生んだあまりに美しく、残酷な結末だったのです。

壇ノ浦の海で安徳天皇が沈み、平家は一門とともに滅びます。しかし、歴史は決して終わることはありませんでした。彼らが海に沈めた「誇り」と、奪い去った「神器」は、のちに新たな動乱の火種となって再び燃え上がります。

そこで、明日からは、新シリーズ「壇ノ浦、そしてそのあと」がスタート。

  • 第1回:平 知盛
    平家を最後まで支え、潔く幕を引いた総大将
  • 第2回:平 教経
    源義経を極限まで追い詰めた、平家最強の猛将
  • 第3回:後鳥羽天皇
    平家滅亡後の世界で、再び武士に挑んだ不屈の帝

全3回でお届けします。知略と武勇、そして帝の執念が交錯する「平家最期とその先」の物語、そしていよいよ鎌倉時代へと移っていきます。どうぞお楽しみに!

1152-1185を生きた武士であり平家一門。平清盛と平時子(二位尼)の子として生まれ、幼少期から武勇に優れた将として成長した。平家一門の中でも冷静沈着かつ勇猛で知られ、屋島から壇ノ浦へ続く最終決戦では、総大将として軍勢を率い、源義経の奇策に対しても動じず戦い抜いた。壇ノ浦で敗色が濃厚となると、幼い安徳天皇や母・時子、姉の徳子(建礼門院)らの悲痛な姿を見届け、「見るべきほどのものは見つ」と言い残し、甲冑のまま海へ身を投じたと伝えられる。その最期は、武士としての名誉と平家一門への忠義を貫いた潔さの象徴であり、「平家物語」において最も美しく哀切な場面の一つとして語り継がれている。その最期は、平家滅亡の物語を静かに締めくくった総大将の姿であった。いらすとすてーしょんでは、出生地を京都府とさせていただきます。
【政治の部屋|平 知盛】平安時代編.40

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