二条天皇





Emperor Nijo (1143-1165)

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二条天皇
イラストポートレート Syusuke Galleryより

館長

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二条天皇って

館長

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シューちゃん

父に口を出されて、清盛には頭が上がらない…、でも志しの高い政治を目指していたのだろうな

館長

しかし、孤高の二条天皇は23歳という若さで崩御され、時代の大きな波はその後も続きます

こんな背景

今回は、二条天皇、平清盛、そして高倉天皇、それぞれの後白河天皇との距離感で綴ってみます。まずは二条天皇です。

二条天皇は、後白河天皇の第一皇子として即位するも、その治世は常に「父」と「平清盛」の存在に挟まれていました。平治の乱(1159)では、後白河上皇とともに内裏から脱出し、平清盛の陣へ逃れることで反乱軍の源義朝を打倒するきっかけをつくります。この時点では 父・後白河と清盛の双方に守られた「若きプリンス」 でした。

しかし、即位後は状況が一変します。二条天皇は、自ら政治を行う「親政」を志した一方で、後白河上皇は院政を続けようとし、父子の間に深刻な二重権力状態が生じます。

  • 後白河院:政治を手放さない上皇
  • 二条天皇:天皇親政を実現したい若き支配者

その対立は宮廷を分裂させ、二条は 平清盛を味方につけることで父・後白河に対抗しようとする という、異例の政治構図が形成されていきます。しかし、二条天皇は23歳の若さで崩御。父に勝つことも、清盛を超えることもできないまま、短い治世に終止符を打つ結果となりました。二条天皇は、院政・天皇親政・平氏台頭の交錯する時代の象徴であったといえます。

1127-1192を生きた政治家(第77代天皇)。崇徳天皇と対立した保元の乱(1156)に勝利し、その後は上皇として長期にわたり院政を展開した。平治の乱や平家政権の成立、さらに源頼朝の台頭に至るまで、激動する時代の政治の中心に位置づけられ、武士勢力と公家勢力の狭間で巧みに権力を保持した。院政を事実上の頂点へ導いた人物であり、日本中世政治の構造を大きく方向づけた。いらすとすてーしょんでは、出生地を京都府とさせていただきます。
【政治の部屋|後白河天皇】平安時代編.10

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