ダニエル-フランソワ-エスプリ・オベール

Daniel Auber

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こちらのページでは【音楽家の部屋|オベール

オペラコミックのプリンス
をお楽しみください

オベール イラストポートレートSyusuke Galleryより )

オベールって

館長

今回はオベールさんのイラストポートレートをお届けしました

ケルビーニに師事

館長

そのオベールさんはケルビーニさんに音楽を学びます

1760-1842を生きた作曲家。幼少期からその音楽の才能を発揮し、ジュゼッペ・サルティ(1729-1802)のもとで学んだ。その後にフランスにわたり国立音楽院の院長にも抜擢されるほどの実力を兼ね備えていた。フランスでの代表作はMédée (1797)。その後ウィーンでもオペラ作曲を中心に活躍し、ウイーンでの代表作Faniska(1806)はベートーヴェンやハイドンに賞賛され、影響を与えた作品としてその名を刻んでいる。
【音楽の部屋|ケルビーニ】偉大な作曲家の集大成はレクイエム
シューちゃん

ケルビーニさんはパリ、ウィーンのオペラ界で活躍したイタリア人作曲家だね

館長

そのケルビーニさんに学んだオベールさんの代名詞といえばLa Muette de Portici

館長

まずはお聴きください「ポルティチの唖娘」

オベール作 La Muette de Portici

シューちゃん

この作品はフランスのオペラ界には欠かせない作品となってる

シューちゃん

何故かって??

グランド・オペラ

シューちゃん

グランド・オペラ作品の草分けとなった作品だからね

館長

ここでグランド・オペラについて振り返ってみましょう

館長

このLa Muette de Portici以前のフランス・オペラは…

館長

イタリア派vsフランス派のような国を二分するようなブフォン論争などが18世紀に起こっていました

ラモー登場

ラモー

わたしはもちろんフランス派

1683-1764を生きた作曲家でありクラヴサン奏者。フランス古典主義音楽の第3世代に位置付けられ、オペラ、バレエの分野で特筆した活躍を行う。1722年に著した「Traité de l'harmonie réduite à ses principes Naturels」は音楽を科学的にアプローチし音楽理論の発展に当時寄与した論文となった。フランス歌劇を守る正統主義側に立ち、イタリア音楽擁護の百科全書派と対立したブフォン論争の中心人物であった。
【音楽の部屋|ラモー】フランスオペラを愛した作曲家
館長

そんな中オペラ界の話題をすべてさらってしまったのが…

モーツァルト登場

モーツァルト
館長

モーツァルト作品のオペラ・ブッファ※1「フィガロの結婚」やジングシュピール※2形式「魔笛」と、次々に人々を魅了します
※1 オペラ・セリアでないオペラでオペラ・コミックの一つ
※2 コミック・オペラの一つでドイツ語の歌芝居が由来、歌ではなくセリフが用いられる

シューちゃん

さすが天才作曲家!

皇帝ナポレオンによるオペラ規制

館長

そして19世紀に入ると皇帝ナポレオンはオペラ公演を規制の対象とし、限られた3つの劇場でのみ上演できるようになります

シューちゃん

ナポレオンの芸術介入

館長

そしてオペラに求められるものは、壮大で歴史的な栄光といった国の繁栄を象徴するような内容が求められました

大規模劇場パリ・オペラ座

館長

その規模感が見合う劇場、それがパリ・オペラ座でした

館長

それがグランド・オペラとなりフランス・ロマン派時代の代表的なオペラとなります

シューちゃん

そのスタートがLa Muette de Porticiだったってことだね

館長

オベールさんのLa Muette de Portici作品を皮切りに…

館長

グランド・オペラは、マイアベーアさんが中心的存在となってさらに発展していきます

マイアベーア登場

マイアベーア

ドイツ生まれのわたしがフランスのおけるグランド・オペラ界を牽引しました

1791-1864を生きた作曲家。アルブレヒツベルガー、クレメンティとの接点があったとされ、10歳のときには天才ピアニストと囁かれるほどの実力を兼ね備えていた。その後、サリエリ、ツェルターに音楽を学んだ。1831年初演された作品Robert le diable(悪魔のロベール)はグランド・オペラ史上3作品目に位置付けられ、フランス・オペラ界の頂点へと駆け上がる。その後も特にブルジョワジーの絶大な支持のもと活躍し莫大な富を得たことから、ワーグナー、スタンダール、シューマンなどから批判を浴びることも多々あったとされる。
【音楽の部屋|マイアベーア】仏グランドオペラの中心作曲家
シューちゃん

オベールさんはグランド・オペラの草分け的存在だけど、そもそもの分野はオペラ・コミック

シューちゃん

オベールさんはこのオペラ・コミックでとても人気があった作曲家だったんだ

館長

たしか、「オペラ・コミックのプリンス」なんて称されていたみたいですね

シューちゃん

そのオペラ・コミックとしてのオベールさんの代表作はこれかなぁ!

オベール作 Fra Diavolo

館長

オペラ・コミック座で1830年初演された作品です

館長

グランド・オペラで大成功を収めたオベールさん

シューちゃん

でも原点に立ち戻って、オペラ・コミックとしてこの作品を仕上げたのだから凄いよね

館長

オベールさんの職人魂のようなものを感じました

シューちゃん

そんな情熱が伝わったのか…

パリ国立音楽院院長就任

シューちゃん

師がつとめていたパリ国立音楽院院長をケルビーニさんから引き継ぐよね

ケルビーニ

オベールがわたしの後を継いでくれて本当によかった

館長

オベールさんは、19世紀フランスの音楽シーンに欠かせない存在だった証と思います

館長

いかがでしたか?

館長

さて今回はダニエル-フランソワ-エスプリ・オベールを取り上げさせていただきました

館長

いらすとすてーしょんでは西洋音楽を彩ってきた音楽家を…

館長

これからもご紹介していきます

館長

どうぞお楽しみに!

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0089中華人民共和国出身
1920-2014を生きた歌手であり俳優。1938年満洲映画協会から中国人専属俳優とした李香蘭という芸名でデビューし日本や満州国で大人気となる。それは誰もが中国人スターと信じてやまなかった。終戦後、日本に帰国してからは山口淑子として銀幕、舞台で俳優、歌手として活躍。参議院議員として3回当選を果たしている。
【音楽の部屋|山口淑子(李香蘭)】ブギウギ放送記念⑤
01北海道
1924-2010を生きた歌手であり俳優。1929年に子役デビューし、俳優としての才能をすぐさま発揮し人気を博す。戦前後に数々のスクリーンに登場し活躍した。歌手としては1949年公開の主題歌カンカン娘で大ヒットを果たす。引退後はエッセイスト、脚本家として活躍した。
【音楽の部屋|高峰秀子】ブギウギ放送記念④
13東京都
1910-1998を生きた映画監督。画家になることを夢見たが、現在の東宝に入社し1943年姿三四郎で映画監督デビュー。戦後は敗戦国の姿とヒューマニズムを掛け合わせた作品で、生きることをフィルムに込めた。それは中学時代に読み漁ったロシア文学、その中でもドストエフスキーの影響があったとされている。
【映画監督の部屋|黒澤 明】ブギウギ放送記念③
28兵庫県
1889-1950を生きた経営者であり興行師。夫、泰三を共に大阪天満にて寄席興行をはじめ、後の吉本興業を興す。それは大阪の演芸界に革新を起こし、現在も大阪生まれの独自路線で人気を博している。
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07福島県
1920-2003を生きた作詞家。法政大学卒業後、1950 (昭和25)年キングレコード契約作詞家として入社し、1951(昭和26)年、歌・津村謙の「上海帰りのリル」で一躍脚光を浴び、敗戦後の虚脱感と異国への郷愁を捉えて記録的な大ヒットとなり、昭和歌謡史に残る名作となった。その後も歌・春日八郎「雨降る街角(1953)」「故郷は遠い空(1957)」、歌・三橋美智也「おさげと花と地蔵さん(1957)」など、都会の孤独と望郷を重ね合わせる作品を次々と著した。日本人のアイデンティティである「心の故郷」を巧みに表現した戦後の作詞家であった。
【文学の部屋|東条寿三郎】昭和時代編.225New!!
26京都府
1920-1992を生きた作詞家であり脚本家。中学卒業後、京都でアニメ映画製作など、職を転々とし、1941(昭和16)年召集され従軍。戦後、東宝の脚本家として「暗黒街の対決(1960)」や特撮映画「モスラ(1961)」などを手がけ、ゴジラシリーズにも名を残した。作詞家としては1958(昭和33)年、日本コロムビアと契約し、歌・小林旭「ダイナマイトが百五十屯(1958)」で鮮烈なデビューをはたす。以後、歌・舟木一夫「学園広場(1963)] 、「銭形平次(1966)」、歌・美空ひばり「柔(1964)」、など、映画やテレビの物語性と共鳴するヒット曲を連発。詞にドラマ性を宿した作風で、昭和歌謡の一翼を彩った。
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館長

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