ジャン-フィリップ・ラモー Jean-Philippe Rameau

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こちらのページでは【音楽家の部屋|ラモー

フランスオペラを愛した作曲家をお楽しみください

ラモー イラストポートレート(Syusuke Galleryより )

ラモーって

館長

今回はラモーさんのイラストポートレートをお届けしました

館長

ではラモーさんの作曲活動をその作品をみてみたいと思います

館長

ではここからはシューちゃんがご案内します

悲劇的オペラ

シューちゃん

まずはHippolyte et Aricie

館長

これはラモーさんの最初のオペラで1733年の作品でしたよね

ジャン=フィリップ・ラモー作Hippolyte et Aricie

シューちゃん

この作品を皮切りに悲劇的オペラで成功を収めるんだ

シューちゃん

その作曲スタイルは感情豊かな旋律、効果的な和声…いずれも当時としてはかなり独創的だった

館長

独創的すぎて批判も多かったとお聞きしています

シューちゃん

でも徐々に人気が高まっていくんだよね

オペラ・バレエ

シューちゃん

そして1735年Les Indes galantesをオペラ・バレエを主体として発表

館長

イタリアで生まれたオペラとバレエがフランスで融合してエンターテインメントとして認められたってところですか

ジャン=フィリップ・ラモー作Les Indes galantes

宗教音楽

シューちゃん

ラモーさんは宗教音楽の分野でも作品を残しているよ

館長

Grand Motetはその代表作品と思います

ジャン=フィリップ・ラモー作Grand Motet

クラヴサン音楽

シューちゃん

そしてラモーさんはクラヴサンのための作曲も手がけていた

館長

ラモーさんはクラヴサン奏者でもあり、クラヴサンを愛していたのでしょうね

ジャン=フィリップ・ラモー作Suite in G Major, RCT 6: No. 14 Les Sauvages

理論家として

シューちゃん

そしてラモーさんといえばさぁ

館長

音楽理論家でしたよね

シューちゃん

その通り!

シューちゃん

Traité de l'harmonie

館長

和声(ハーモニー)について書かれた論文ですよね

館長

ちなみにこちらから Traité de l'harmonieを読むことができます

シューちゃん

ラモーさんはマルチな作曲家だったなぁ

シューちゃん

そのラモーさんはフランス古典主義音楽の第3世代と言われているんだ

館長

フランス古典主義音楽というカテゴリーもあるのですか

ジャン-バティスト・リュリ登場

シューちゃん

そういう切り口で考えたらなんだろうけどさ

シューちゃん

そのフランス古典主義音楽の第1世代の代表は…

リュリ

フランス古典主義音楽の第1世代はわたし

1632-1687を生きた作曲家。フランス宮廷に雑用係として仕事を得て、そこから音楽の才能を活かし研鑽を積む。そしてルイ14世に音楽家として認められ1661年フランス国王室内音楽隊総監督に任命される。その結果、宮廷の世俗音楽の支配権を握った。1672年に王立音楽アカデミー(オペラ座)の開設権を得てからは劇作家フィリップ・キノーと組み数多くのオペラを作曲する。これは事実上フランス・オペラの創始者となったことを意味した。
【音楽の部屋|リュリ】フランスオペラ界で頂点をつかんだ作曲家
館長

イタリア出身ながらフランスオペラの頂点にたった作曲家です

シューちゃん

そのフランス古典主義音楽の第2世代の代表は…

クープラン

フランス古典主義音楽の第2世代はわたし

1668-1733を生きた作曲家。ルイ王朝末期に最も活躍したチェンバリストであり、クラヴサン楽派の頂点を極めた。フランスにおける鍵盤楽器のための小品集OrdresやPièces de clavecinは宮廷、社交場で奏でられる作品として作曲。その軽快で柔らかい、繊細で優美な音楽は、複雑で重厚なバロック音楽からロココ時代の幕開けとなった。フランソワのオルドルは現在もクラヴサン奏者の手本であり、その教えは音楽教師の在り方でもあった。
【音楽の部屋|クープラン】クラヴサンの頂点を極めた作曲家
館長

クラヴサン楽派で最も活躍した作曲家です

シューちゃん

そしてフランス古典主義音楽の第3世代代表はラモーさんとなり、3つの時代に分けることができるって感じだね

ブフォン論争

館長

そしてラモーさんで忘れてはならないのが…

シューちゃん

ブフォン論争だ

館長

ここもシューちゃん、お願いします

シューちゃん

ブフォン論争を一言でいうとフランス歌劇を守る正統主義側に立ったラモーさんと、イタリア音楽擁護の百科全書派側に立ったルソーとの文化的論争

ルソー

わたしがルソーです(2024年2月14日公開予定です)

1712-1778を生きた哲学者であり文学、音楽家。1750年ごろからフランスで編纂された大規模な 百科事典「百科全書」の音楽項目を担当。1752年にはフランス文化を二分することになるブフォン論争でラモーらの支持するフランス伝統のオペラ派に対してイタリアで人気を博していたコミック・オペラを支持した。日本との関わりも多く、明治時代の自由民権運動で中江兆民がルソーの唱えた社会契約論(1762)を用いている。またルソー自身の自伝「告白録」は日本の自然主義文学に影響を与えている。
【音楽の部屋|ルソー】イタリア派で参戦したブフォン論争
シューちゃん

ではどんな論争だったのか…いらすとすてーしょん風に綴るよ

ラモーの立場
わたしは伝統的なフランス音楽の擁護者であって、イタリア歌劇を受け入れてはだめ、だからこそフランスの歌劇の伝統的な価値を推進しよう
1683-1764を生きた作曲家でありクラヴサン奏者。フランス古典主義音楽の第3世代に位置付けられ、オペラ、バレエの分野で特筆した活躍を行う。1722年に著した「Traité de l'harmonie réduite à ses principes Naturels」は音楽を科学的にアプローチし音楽理論の発展に当時寄与した論文となった。フランス歌劇を守る正統主義側に立ち、イタリア音楽擁護の百科全書派と対立したブフォン論争の中心人物であった。
ルソーの立場
わたしはイタリア歌劇は情熱的な表現が素晴らしいから、フランスにその感情豊かで生き生きとしたイタリア歌劇を推進するべきだ
1712-1778を生きた哲学者であり文学、音楽家。1750年ごろからフランスで編纂された大規模な 百科事典「百科全書」の音楽項目を担当。1752年にはフランス文化を二分することになるブフォン論争でラモーらの支持するフランス伝統のオペラ派に対してイタリアで人気を博していたコミック・オペラを支持した。日本との関わりも多く、明治時代の自由民権運動で中江兆民がルソーの唱えた社会契約論(1762)を用いている。またルソー自身の自伝「告白録」は日本の自然主義文学に影響を与えている。
論争の拡大
ラモーとルソーの主張は激しく対立して、その論争は国内中の文化や芸術、文学などあらゆる分野にまで広がった
フランス出身の偉人たちGreatest People from France
論争の拡大
まさに国内を二分する論争で伝統と革新、古典主義と新しい文化芸術が燃えたぎっていた
フランス出身の偉人たちGreatest People from France
結果
オペラ・コミックという新しいフランスオペラが誕生することになった
フランス出身の偉人たちGreatest People from France
シューちゃん

ブフォン論争後、ラモーさんは悲劇的オペラとして1737年の作品「Castor et Pollux」を、オペラ・コミックとして1754年にリニューアルし再スタートとなったんだ

ブフォン論争

シューちゃん

ではブフォン論争をまとめてみるよ

イタリアの影響

1752年、イタリアのオペラ・ブッファ劇団がパリで公演を行い、これが音楽論争の発端となりました。その中でも上演されたペルゴレージ作曲の「La serva padrona(奥様女中)」は特に物議を醸しました。当時、パリの音楽界はリュリ以来の宮廷音楽である悲歌劇が中心であり、ジャン-フィリップ・ラモーが当時の最高位でした。
※オペラ・ブッファ:軽妙で喜劇的な内容のオペラを指しています

ルソーとグリムの主張

音楽評論家であるジャン-ジャック・ルソーやドゥニ・ディドロ(フランス出身 1713-1784)、およびディドロの友人であったフリードリヒ・メルヒオール、フォン・グリム(ドイツ出身 1723-1807)によって、イタリア音楽の軽やかな旋律を賞賛し、フランスの音楽においてもそのような要素が必要だと主張したことが始まりです。ルソーはフランス音楽に関する手紙(1753)で、音楽の性格を決定するのは和声ではなく旋律であると唱えて、その旋律は言語の抑揚にもとづいていると説明しました。つまりフランス語は抑揚が乏しいため、フランス語の音楽はやめるべきだと断定しました。
フランス音楽に関する手紙(立教大学デジタルライブラリ)

結末と文学的影響

この論争はブフォン論争と呼ばれ文壇をも巻き込み、フランス国内を二分する大論争となりました。その結果、この論争がきっかけとなり、荘重な悲歌劇に代わってオペラ・コミックが主流になりました。ラモー派、ルター派の両派の主張は、その後のクリストフ・ヴィリバルト・グルック(ドイツ出身 114-1787)の作品において歩み寄りが模索されて5作目の作品であった1779年のフランス語で書かれた作品「Iphigénie en Tauride」で見事成功を収めました。ブフォン論争は、音楽の方向性や国内の文化的な議論に大きな影響を与え、時代の文学や芸術に進化をもたらしました。

グルック作 Iphigénie en Tauride

館長

いかがでしたか?

館長

今回はジャン-フィリップ・ラモーを取り上げさせていただきました

館長

いらすとすてーしょんでは西洋音楽を彩ってきた音楽家を…

館長

これからもご紹介していきます

館長

どうぞお楽しみに!

音楽家・新着偉人(It's New)はこちらから

0089中華人民共和国出身
1920-2014を生きた歌手であり俳優。1938年満洲映画協会から中国人専属俳優とした李香蘭という芸名でデビューし日本や満州国で大人気となる。それは誰もが中国人スターと信じてやまなかった。終戦後、日本に帰国してからは山口淑子として銀幕、舞台で俳優、歌手として活躍。参議院議員として3回当選を果たしている。
【音楽の部屋|山口淑子(李香蘭)】ブギウギ放送記念⑤
01北海道
1924-2010を生きた歌手であり俳優。1929年に子役デビューし、俳優としての才能をすぐさま発揮し人気を博す。戦前後に数々のスクリーンに登場し活躍した。歌手としては1949年公開の主題歌カンカン娘で大ヒットを果たす。引退後はエッセイスト、脚本家として活躍した。
【音楽の部屋|高峰秀子】ブギウギ放送記念④
13東京都
1910-1998を生きた映画監督。画家になることを夢見たが、現在の東宝に入社し1943年姿三四郎で映画監督デビュー。戦後は敗戦国の姿とヒューマニズムを掛け合わせた作品で、生きることをフィルムに込めた。それは中学時代に読み漁ったロシア文学、その中でもドストエフスキーの影響があったとされている。
【映画監督の部屋|黒澤 明】ブギウギ放送記念③
28兵庫県
1889-1950を生きた経営者であり興行師。夫、泰三を共に大阪天満にて寄席興行をはじめ、後の吉本興業を興す。それは大阪の演芸界に革新を起こし、現在も大阪生まれの独自路線で人気を博している。
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