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Topics:第4回 丸善・益子焼の世界
会期 2023年2月22日(水) 〜2月28日(火)/会場 丸善日本橋店3Fギャラリー

第4回 丸善・益子焼の世界

濱田窯と現在の益子を拠点に多方面で活躍している作家迄、益子焼役約3000点を一堂に展示販売いたします
※最終日(28日)15時閉場

第4回丸善益子焼の世界日本橋店3階ギャラリー、特設会場2023年2月22日(水)~2月28日(火)9:30~20:30
第1回 2020年2月26日~3月3日

濱田庄司・島岡達三 2人の人間国宝と現代作家展

第2回 2021年2月24日~3月2日

濱田庄司・島岡達三 2人の人間国宝と現代作家展

第3回 2022年2月23日~3月1日

濱田窯と佐久間藤太郎窯・現代作家16人展

第4回 2023年2月22日~2月28日

濱田窯3代と現代作家展

濱田庄司 Shoji Hamada

ようこそ!フリーイラストポートレートと


歴史の停車場
いらすとすてーしょん」へ
こちらのページでは【陶芸家の部屋|濱田庄司】


わたしも民藝という言葉をつくりました


をお楽しみください

濱田庄司イラストポートレート(Syusuke Galleryより

益子行くなら益子陶芸美術館

益子町…江戸時代の終わり頃、陶土に恵まれていることから日用焼物の産地として発展
その土地に、民藝運動推進陶芸家「濱田庄司」が移住してから一気にその「益子」の知名度がアップ!
そう益子焼は日用品から芸術品の階段を登る
でも「濱田庄司」が目指した焼物は普段使いだった!?

益子陶器市

しょうじ

益子陶器市は春と秋
2023年春は4月29日(土)から5月7日(日)まで開催予定です

詳しくは益子町観光協会HPへ

益子町観光協会ホームページロゴ

益子焼の里、栃木県益子町観光協会のサイトにようこそ!
益子町は、窯元や陶芸販売店の数は約250軒
自然豊かな観光地や文化財、特産品等も豊富で、年間約200万人の観光客の皆様に訪れていただいています
益子町観光協会公式HPより

益子陶芸美術館 へようこそ

益子陶芸美術館

Mashiko Museum of Ceramic Art

〒321-4217 栃木県芳賀郡益子町大字益子3021
TEL.0285-72-7555
FAX.0285-72-7600

開館時間、休館日(2023年度)

2月〜10月 午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
11月〜1月 午前9時30分~午後4時(入館は午後3時30分まで)

月曜日(祝休日の場合は翌日)
[展示替期間の休館]
・2023年4月3日(月)-15日(土)
・2023年7月18日(火)-7月29日(土)
・2023年10月10日(火)-21日(土)

・2024年1月9日(火)-19日(金)
[年末年始の休館]
・2023年12月?日(?)-2024年1月?日(?)

Profile Picture

濱田庄司記念益子参考館もあります!

公益財団法人 濱田庄司記念益子参考館

SHOJI HAMADA Memorial Mashiko Sankokan(Reference)Museum

321-4217 栃木県芳賀郡益子町益子3388
Tel/Fax 0285-72-5300

開館時間、休館日(2023年度)

9時30分〜17時(入館は16時30分まで)
月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌日休館)
年末年始
展示替え休館年2回
ほか、臨時休館あり
詳しくは公式HPにてご確認ください

Profile Picture

民藝ということばとつくった二人

しょうじ

河井寛次郎と共に…

かんじろう
しょうじ

実用性、無銘性、複数性、廉価性、労働性、地方性、分業性、伝統性、そして他力性…
ここに宿る「美」を民衆的工芸と説いた柳宗悦がおりました

かんじろう

その民衆的工芸を略して「民藝」と


名付けたのが私と浜田庄司なんです

陶芸家・新着偉人(It's New)は


こちらから

41佐賀県
1937~ を生きる陶芸家は唐津焼をベースとして独自スタイル唯一無二の作陶でやきものの主体である「うつわ」を数々手がける。
【陶芸家の部屋|中里 隆】親子三代で唐津焼を作陶
17石川県
1927~ を生きる陶芸家は350年の歴史をもつ大樋焼の10代目。その特徴は轆轤を使わず手で捻り、飴釉をかける点。
【陶芸家の部屋|大樋陶冶斎(長左衛門10代・年朗)】金沢行くなら大樋美術館
35山口県
1915-2010を生きた陶芸家は深川萩四家の一つに数えられ、萩焼の伝統を守っている。萩焼の始祖である李勺光(りしゃくこう)の流れをくむ家柄でもある。
【陶芸家の部屋|坂田泥華(一平)13代】萩焼坂田泥華窯16代襲名が待ち焦がれる
41佐賀県
1906-1982を生きた陶芸家13代酒井田柿右衛門を1963年に襲名。柿右衛門作品における特長である濁手復興を先代と共に成し遂げ、現在も国の重要無形文化財の指定を受ける。
【陶芸家の部屋|酒井田柿右衛門(渋雄)13代】濁手復興
26京都府
1883-1959を生きた陶芸や篆刻、書道など芸術を通じた文化人として名を馳せ、美食家でもあった。
【陶芸家の部屋|北大路魯山人】美食家の行き着く先は作陶だった
23愛知県
1897-1985を生きた陶芸家は建築壁に陶磁器を用いた陶壁を作り出す。陶芸歴史研究の第一人者であったが謎に包まれる「永仁の壺事件」を引き起こす。
【陶芸家の部屋|加藤唐九郎】陶壁(建築物✖️陶磁器)私が創りました
29奈良県
1886-1963を生きた陶芸家はバーナードリーチとの出会いで陶芸の道へ入る。独学で陶芸技術を身につけ独創の作陶様式を確立し人間国宝の一人となる。
【陶芸家の部屋|富本憲吉】模様から模様をつくるべからず!?独学の陶芸は人間国宝
26京都府
1897-1984を生きた陶芸家は呈色剤を含む軟らかい磁土を、何度となく器の表面に塗り重ね、レリーフのように盛り上がった文様をつくりだす技法陶技「彩埏(えん)」を考案
【陶芸家の部屋|楠部彌弌】無限をテーマにアジアの技法を作陶へ
21岐阜県
1894-1985を生きた陶芸家は北大路魯山人と親交を深め、陶芸の幅を広げた。また同郷の日本画家、川合玉堂、前田青邨らに絵付けを依頼する仲でもあった。
【陶芸家の部屋|荒川豊蔵】明智光秀のふるさとに人間国宝あり
17石川県
1862-1918を生きた陶芸家であり実業家は九谷焼陶磁器顔料の研究者。
【陶芸家の部屋|友田安清】九谷焼、出石焼にこの男あり!
09栃木県
1918-1987を生きた富本憲吉に師事した陶芸家は鉄絵を基としながら数々の技法を加えて表現内容を豊かにし、高い技術性を持つ陶芸を制作した。
【陶芸家の部屋|田村耕一】栃木県佐野が生んだ人間国宝
32島根県
1890-1966を生きた日本を代表する陶芸家であり民衆的工藝を「民藝」という言葉を作り出した民藝運動推進者の一人
【陶芸家の部屋|河井寛次郎】わたし民藝という言葉をつくりました

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13東京都
1902-1983を生きた文芸評論家であり作家。東京帝国大学文学部仏文科在籍中に、フランス象徴派を基盤とした文学批評を開始し、卒業後の1929(昭和4)年に懸賞評論に「様々なる意匠」を発表し文壇に登場。1933(昭和8)年には文学界を創刊に携わり、1935(昭和10)年「私小説論」で私小説を批判し、文芸評論家としての地位を確立した。戦中に「無常といふ事」や戦後の「モオツァルト」を発表後、思想家としてその存在を高め、晩年は「本居宣長」といった学問論を展開し保守文化人としても知られた。日本芸術院賞、読売文学賞、野間文芸賞など数々の賞を受賞し、1967(昭和42)年に文化勲章を受章。
【文学の部屋|小林秀雄】昭和時代編.39New!!
05秋田県
1903-1933を生きた小説家。小樽高等商業学校卒業後、北海道拓殖銀行に勤務しながら創作活動を開始。志賀直哉に傾倒し、葉山嘉樹らに影響され、プロレタリア文学へと進む。1929(昭和4)年に発表した「蟹工船」で注目を集め、労働者の過酷な生活と闘争を描いた作品で高い評価を得た。1931(昭和6)年に日本共産党に入党し、政治的弾圧を受けながらも「転形期の人々(1931~32)」などの作品を手がけた。1933(昭和8)年に特高警察に逮捕され、拷問の末に29歳で亡くなる。その死は多くの人々に衝撃を与えたが、その作品は後世にわたり、いまも読み継がれている。
【文学の部屋|小林多喜二】昭和時代編.38
シューちゃん

シュー(Syu)です
2025年も、よろしくね

館長

4年目を迎えた2025年も皆様に役立つ世界の偉人たちをシューちゃんと共にフリーイラストポートレートをお届けします

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