足利義政





Ashikaga Yoshimasa (1436-1490)

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足利義政
イラストポートレート Syusuke Galleryより

館長

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足利義政って

館長

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シューちゃん

新シリーズ「室町幕府とは何だったのか」の第4回目は、
室町幕府第八代将軍の足利義政が登場!

館長

今シリーズは、将軍という名のもとに灯った栄光と機能不全の9名の物語です

こんな背景

シリーズ:室町幕府とは何だったのか

第4回:足利義政〜秩序から目を背けた将軍〜

今回のシリーズ:「室町幕府とは何だったのか」は…
前回のシリーズ

「南北朝の戦い ― その帰結 ― 」 では、
長引いた内戦の果てに、いったい何が残ったのかを描いてきました。

それは、
理想でもなく、
血筋が証明する正統でもありませんでした。

南北朝という終わることのなかった戦争の中で、
武力と妥協、管理と継承を重ねながら、
社会を崩壊させないために形づくられていった
「現実としての秩序」でした。

ここでいう「秩序」とは、
平和の到来でも、正しさの勝利でもありません。
戦争を終わらせることができない状況のなかで、
それでも社会を破綻させないために選び取られた

崩れ落ちる寸前で保たれていた政治の仕組み

を指しています。

その秩序を引き受けるかたちで現れたのが、
足利尊氏、
そして子・足利義詮によって、
担われた室町幕府です。

それは、
革命によって生まれた政権ではありません。
理念の勝利として誕生した体制でもありません。

南北朝の分裂を抱えたまま、
それでも政治を止めることができなかった社会が、
引き受けざるを得なかった
帰結としての政権でした。

では、その室町幕府は、
いったい何だったのでしょうか。

強大な中央集権国家だったのか、
それとも、妥協の上に成り立つ暫定的な仕組みだったのか。

将軍とは、支配者だったのか、
それとも、壊れかけた制度を背負わされた存在だったのか。

このシリーズが問うのは、
「なぜ滅びたのか」ではありません。

そもそも、
室町幕府とは、
何を引き受けるために生まれた政治だったのか。

室町幕府は、一瞬、
完成を迎えます。

しかしその秩序は、
引き継がれず、
歪み、消耗し、
やがて、手放されていきます。

本シリーズでは、
その過程を
九人の将軍の姿を通して描いていきます。

室町幕府は決して、
「無為の政権」ではありませんでした。

それは、
戦争が完全には終わらない世界で、
それでも秩序を壊さず、
社会を持ちこたえさせるために、
限界まで引き延ばされた政治の記録でした。

このシリーズで描くのは、
英雄を称え上げる物語でも、
失敗を裁くための歴史でもありません。

描かれるのは、
南北朝の戦いが生み落とした現実と、
その現実と折り合いをつけながら、
秩序を維持しようと格闘し続けた、
一つの政治システムの生と死です。

「室町幕府とは何だったのか」
第1回 足利義満

秩序を完成させてしまった将軍

1
第2回 足利義持

完成した秩序を引き継げなかった将軍

2
第3回 足利義教

恐怖によって秩序を補おうとした将軍

3
第4回 足利義政

秩序から目を背けた将軍

4
第5回 足利義尚

象徴として消耗した若き将軍

5
第6回 足利義澄

将軍であることを許されなかった存在

6
第7回 足利義晴

制度を背負わされた将軍

7
第8回 足利義輝

武によって抗った最後の将軍

8
第9回 足利義昭

将軍制を手放した将軍

9

南北朝という内戦の「帰結」の、そのさらに先へ。
戦争のあとに生まれ、
戦争を引きずりながら続いた政権。

室町幕府とは、何だったのか。

その問いに、
ここから向き合っていきます。

恐怖のあとに残された「空虚な座」

足利義政が将軍の座についたとき、
室町幕府は深い疲弊と不信の只中にありました。

父であり室町幕府六代将軍・足利義教は、
恐怖政治の末に暗殺され、
後を継いだ兄・義勝もわずか数ヶ月で早世。

将軍という地位は、
もはや安定して引き継がれる名誉ある座ではなく、
いつ命を狙われるか分からない、
呪われた「空虚な椅子」へと変質していました。

若年の義政は、
暴力と混乱が渦巻く中、
半ば偶然のようにその椅子へと座らされたのです。

立て直すことのできない秩序

義政の治世において、
将軍権力はすでに再建の道を、
完全に見失っていました。

合意による政治はとうに機能せず、
恐怖による統制も父の死によって破綻を証明したあとでした。

もはや、
将軍が前に出て秩序を再定義するための手段は、
どこにも残されていなかったのです。

義政が直面したのは、
「どうすれば立て直せるか」ではなく、
「何をしても立て直せない」という残酷な現実でした。

政治の放棄、美への逃避

この絶望的な閉塞感の中で、
義政は父・義教のような強硬策を選びませんでした。

秩序を正面から引き受けることを断念し、
政務の多くを側近や正室の日野富子、
そして有力守護大名たちに委ねていきます。

やがて義政は、
醜い政争が続く政治の前線から静かに距離を取り、
自らの重心を「美意識」の世界へと移していきました。

京都・東山に造営された山荘(銀閣寺)を中心とする「東山文化」。

それは単なる道楽ではなく、
崩れゆく現実の政治から目を背け、
完璧な静寂の中に「もう一つの秩序」を見出そうとした、
一人の人間の悲痛な祈りでもありました。

後継問題が引き起こした「破局」

しかし、
政治的責任から逃げ出したことで、
問題が解消されるはずもありませんでした。

調整役としての職務を失った将軍職は、
統治の実体を失い、
もはや「次の将軍は誰か」という名目だけが争われる、
政治的火種と化します。

義政自身が後継者を曖昧にし続けた結果、
幕府中枢には致命的な空白が生じました。

将軍権威が機能しなくなったことで、
正室の日野富子ら側近や、
有力大名たちの野心が直接ぶつかり合い、
1467年、
ついに「応仁の乱」が勃発します。

京都は長期にわたって炎に包まれ、
戦火の中で義政は、
ただ自らの美学に没頭し、
戦乱を収拾する決定打を放つことはありませんでした。

逃避ではなく、限界の露呈

足利義政は、
意図的に混乱を引き起こした将軍ではありません。

しかし、秩序を立て直す意思と行動を、
最後まで示すこともできませんでした。

それは個人の怠慢というより、
室町幕府というシステムそのものが、
「もはや一人の将軍が引き受けられる限界を超えて壊れていた」
という事実の反映でした。

義政の時代、
将軍はついに政治の主体であることをやめ、
秩序の中心から滑り落ちたのです。

秩序から目を背けた末の結末

義政が政治を捨て、
文化の領域に身を置いたことで、
日本の美意識はひとつの極致に達しました。

私たちが今日「日本的」と感じる静寂な美は、
皮肉にも、この時の義政が「現実を拒絶」したからこそ、
生まれたものでした。

しかし、政治の視点から見れば、
その代償はあまりに甚大でした。

将軍が秩序から目を背けることは、
幕府が統治能力を完全に失ったことを、
世に可視化させる結果となったからです。

「秩序から目を背けた」義政の優雅な日々は、
室町幕府という実態が「終焉」を迎えるまでの、
長く残酷な猶予期間に過ぎませんでした。

その美しき東山慈照寺(銀閣)へ心を委ねている間に、
室町幕府の寿命は、
すでにその時点で、実質的に尽きていたのです。

明日は、足利義尚

実体を失った将軍職は、
次に、
一人の若者の人生を急速に消耗させていきます。

そこに残されていたのは、
権力ではなく、
ただ「名」だけでした。

明日は、
「象徴として消耗した若き将軍」足利義尚の物語です。

1465-1489を生きた室町幕府第九代将軍。父・足利義政が政務の第一線から退いた後、その後継として若くして将軍となる。義尚の治世には、応仁の乱によって幕府の統治機能は深刻に損なわれ、将軍は実権を持つ統治者というより、政権の象徴として存続する存在であった。義尚は弱体化した将軍権威の回復を図り、自ら軍を率いて守護大名への介入を試みるが、分裂した権力構造の中で決定的な成果を挙げることはできない。1489年、近江国への出陣中、陣中で病没した。義尚の生涯は、将軍が政治的実体を失いながらも、秩序回復の象徴として前線に立たされ、過重な役割を背負わされて消耗していく段階に入ったことを象徴している。
【政治の部屋|足利義尚】室町時代編.7

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政治の部屋
1776-1849を生きた家老。薩摩藩の下級武士の家に生まれ、茶道坊主として藩に仕えるなかで前藩主・島津重豪に才能を見出される。当時の薩摩藩は長年の借財と財政難に苦しみ、藩政の立て直しが急務となっていた。改革を託された広郷は、商人との債務整理を進めるとともに、奄美の黒糖専売制を強化し、琉球を介した対外交易の活用などによって藩収入の拡大を図った。その手法は極めて大胆で、幕府の統制を超える交易活動を含んでいた可能性も指摘されている。こうした改革によって薩摩藩の財政は大きく改善し、後に幕末の軍備拡張や藩政運営を支える基盤が築かれた。一方で、その強引な手法や交易の実態をめぐっては、当時から現在に至るまで評価が分かれている。1849年、幕府による追及が及ぶなかで死去し、その最期についても自害説を含め諸説が残されている。藩の存続を第一に考え、賛否を承知のうえで大胆な改革に踏み込んだその生涯は、まさに「断固たる改革と密貿易で薩摩藩を救う」改革者であった。
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1751-1818を生きた大名。松江藩主・松平宗衍の次男として江戸に生まれ、のちに松江藩第七代藩主となる。当時の松江藩は深刻な財政難に陥っていたが、家老・朝日茂保らを重用し、倹約の徹底や治水事業、木綿・朝鮮人参などの産業振興を進めて藩政改革に取り組んだ。その結果、藩財政は着実に再建への道を歩むこととなる。一方で治郷は、幼少の頃から茶の湯に深い関心を抱いていた。藩政の安定化を進めるなかで茶道に力を注ぎ、自ら「不昧」と号して大名茶人として活躍する。名物茶器の蒐集のみならず、茶の湯の理念や美意識を広く伝え、茶書の編纂や職人の保護育成にも尽力した。その活動は後の松江における茶文化の発展に大きな影響を与えている。財政再建によって得た余力を、単なる蓄財ではなく文化の創造へと結び付けたその生涯は、まさに「財政再建の富を茶の湯の美意識に注ぎ込む」改革者であった。
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1751-1818を生きた大名。久保田藩主・佐竹義敦の長男として江戸に生まれ、11歳で家督を継ぐ。1790年に藩校・明徳館を創設し、人材育成を藩政の重要な柱に据えた。栗田定之丞を登用して防砂林の造成を進め、農地を風砂被害から守るとともに、産物方を設置して養蚕や川連漆器などの特産品を奨励した。また、年貢地と知行地の別を問わない農政改革を進め、藩財政と地域産業の立て直しに取り組む。文化露寇の際には幕命に応じて蝦夷地警備を担うなど、対外的な課題にも向き合った。晩年には絹方役所の運営など試行錯誤も見られたが、学問と産業振興を両輪とする改革は久保田藩の発展に大きな足跡を残した。人材を育てることこそが藩の未来を築く道だと信じたその生涯は、まさに「学問で秋田藩を建て直す」改革者であった。
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政治の部屋
1751-1822を生きた大名。日向高鍋藩主・秋月種美の次男として江戸に生まれ、のちに米沢藩主・上杉重定の養子となる。当時の米沢藩は累積する借財と膨大な家臣団を抱え、深刻な財政難に陥っていた。1767年に家督を継ぐと、自ら質素倹約を実践し、竹俣当綱らを登用して藩政改革を推進。藩校「興譲館」の再建、漆・桑・青苧などの殖産興業、支出の削減と組織改革に取り組んだ。天明の大飢饉では備蓄や救済策を講じ、藩の混乱を抑えることに努める。1785年に家督を養子の治広へ譲った後も、「伝国の辞」を示して後見役として改革を支え続けた。その治世のもとで米沢藩は再建への道筋を築き、治憲は後世を代表する名君として高く評価されることになる。和歌「為せば成る 為さねば成らぬ何事も」に象徴される信念を貫き、困難な改革に挑み続けたその生涯は、まさに「米沢に『なせば成る』を示す」改革者であった。
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