ミヒャエル・プレトリウス Michael Praetorius

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学者肌の作曲家
をお楽しみください

プレトリウス

イラストポートレート(Syusuke Galleryより )

プレトリウスの2つの偉業

Syntagma musicum

館長

今回はプレトリウスさんのイラストポートレートをお届けしました

館長

プレトリウスさんといえば特にこの2つの偉業がクローズアップされます

館長

その一つはSyntagma Musicumです

館長

Syntagma musicum(音楽大全)は3巻発行されました

館長

当初は全4巻の予定だったと伺っています

館長

そしてSyntagma musicumは当時の音楽理論と実践に関する包括的な指南書として扱われ…

館長

最古の音楽事典と考えられています

館長

Syntagma Musicumには、音楽理論をはじめ…、

館長

器楽、歌曲、舞踏音楽、楽器に関する様々なジャンルが掲載されています

館長

特に第2巻は楽器についての記述されており当時の貴重な史料となっています

館長

具体的には楽器の描写がとても豊富で

館長

当時の様々な楽器についての詳細な説明や図版が含まれているのです

館長

当時の様々な楽器についての詳細な説明や図版が含まれているのですおり、これが後の時代の楽器学に影響を与えました。

館長

ここまでまとめますと、プレトリウスさん偉業の一つ目のSyntagma Musicumは、その広範な内容と体系的なアプローチにより、当時の音楽に関する重要な文献の一つと見なされていて…

館長

音楽理論や実践に関心を持つ学者や音楽家にとって、バロック時代の音楽に関する理解を深める上で貴重な史料となっています

館長

ちなみにSyntagma Musicumには、宗教改革において新しく求められた音楽の形式やスタイルについても言及があるそうです

プレトリウス

Syntagma Musicumについてよくまとめられましたね!

館長

ありがとうございます

館長

ところでプレトリウスさん、なぜSyntagma Musicumは全4巻を予定していたところ3巻になってしまったのですか?

プレトリウス

そこには触れないでおくれ…

Terpsichore

館長

さて、二つ目の偉業はTerpsichoreでしょう

館長

このTerpsichoreについてプレトリウスさんに伺ってみましょう

プレトリウス

Terpsichoreですね!

プレトリウス

これは1612年に300以上を編曲した舞曲集です

プレトリウス

フランスを中心としてですが様々なダンス形式の音楽を集めました

プレトリウス

これらの舞曲は当時、社交ダンスや宮廷イベントで用いられていました

館長

さて…ここからはいらすとすてーしょん独自の視点なのですが…

館長

Terpsichoreの存在がバレエの発展に関与した可能性があるのではと感じてならないのです

館長

つまりTerpsichoreに収められたダンス音楽は、フランスを中心としたダンス様式を反映していて…

館長

これが文化的交流を促進しバレエの発展に寄与したのではと…感じるのです

館長

バレエの歴史を辿ると15 世紀から 16 世紀のイタリアのルネサンスのころ

館長

起源は宮廷でのダンスでした

館長

その後、このダンスはイタリアからフランスへ

館長

最初の正式な「宮廷バレエ」は、1573 年に上演された「バレエ・デ・ポロネ」と伝わっています

館長

そしてバレエは瞬く間に人気の渦となったそうです

館長

ダンス音楽をまとめ上げたプレトリウスさん

館長

そのダンスがバレエへと変化していったと仮説を立てると…

館長

舞踏音楽が舞台芸術と結びついていく時代です

館長

バレエは、舞踏音楽やダンスの要素を取り入れ劇的な要素を加えて発展

館長

Terpsichoreのような舞曲集の存在が、バレエの原点となる素材になったのではと思えてならないのです

プレトリウス

いちおう、ご意見は伺いましたよ

プレトリウス

まぁバレエの話は置いておいて300以上の編曲を行いTerpsichoreとして著したことは後の音楽家にとっても有益であった筈ですよね

館長

少し妄想が入ってしまいましたが、プレトリウスさん偉業の二つ目のTerpsichoreは当時のダンス文化や音楽の多様性を反映していて当時の流行を知る貴重な史料となっていることがわかりました

館長

さて今回はミヒャエル・プレトリウスを取り上げさせていただきました

館長

いらすとすてーしょんでは西洋音楽を彩ってきた音楽家を…

館長

これからもご紹介していきます

館長

どうぞお楽しみに!

ドイツ・ルネサンス音楽

フランドル楽派

館長

では簡単にドイツにおけるルネサンス音楽についてまとめてみます

館長

まずは彼らがフランドル楽派より多声音楽のジャンルで活躍します

館長

フランドル楽派についてはこちらをご参照ください

1562-1621を生きた作曲家。フランドル楽派最後の巨匠と位置付けられており、詩篇やモテットなど数多くの作品を残した。またオランダ国内にとどまらず、北ヨーロッパにその名を響かせ、特に多くのドイツ人オルガン奏者を育て上げた功績により「ドイツのオルガニスト育成の父」と称されている。また単一主題と三部構成から成るファンタジアは、のちのバロック期に人気を博したフーガへ発展したとされる。
【音楽の部屋|スウェーリンク】フランドル楽派最後の巨匠

パウル・ホーフハイマー登場

ホーフハイマー

パウル・ホーフハイマーです

1459-1537を生きた作曲家でありオルガニスト。オーストリア宮廷、神聖ローマ帝国の宮廷で天才オルガニストとして名声を築いた。オルガニストとしてオルガンのための作品を多く手がけ、その才能はヨーロッパ全土に広がっていた。
【音楽の部屋|ホーフハイマー】偉大なオルガニスト

ルートヴィヒ・ゼンフル登場

ゼンフル
館長

そしてドイツにおけるオルガン音楽が開花しました

ヴェネツィア楽派

館長

そしてこのドイツにヴェネツィア楽派で興った音響効果抜群の複合唱様式が

館長

ヴェネツィア楽派についてはこちらをご参照ください

c.1490-1562を生きたヴェネツィア楽派の作曲家。ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂の楽長となり終生この職を務めた.宗教曲を中心に,器楽曲など多くの曲を残す。その代表モテット作品は「O magnum mysterium」でテクスチュアルな豊かさを放っている。
【音楽の部屋|ウィラート】ヴェネツィア楽派の祖
館長

今回の主人公プレトリウスさんやハンス・レーオ・ハスラーによってもたらされました

ハンス・レーオ・ハスラー登場

ハスラー

ハンス・レーオ・ハスラーです

1562-1612を生きた作曲家。ヴェネツィアでウィラートに師事してたガブリエリにから音楽を学び、その後アウクスブルク、ニュルンベルク、ドレスデンで活動。ヴェネツィア楽派のスタイルに独自の音楽スタイルを築き上げた。ルネサンス後期のドイツ音楽をリードした一人。
【音楽の部屋|ハスラー】母国に捧げるドイツ音楽
館長

つまりドイツにおけるルネサンス音楽は多声技法に秀でたフランドル楽派と音響効果の高いベネツィア楽派を融合させたと考えられます

プレトリウス

ここにルター派音楽が入ってくるのですよ!

マルティン・ルター登場

ルター

今回もわたしを呼んでくれてありがとう!

1483-1546を生きた神学者であり作曲家。教皇の教義・権威によらないキリスト教信仰の自由や聖書に書かれている教えを信奉することを唱え、95ヶ条の論題を教会のドアに掲示して宗教改革を行う。その改革の一つとして、それまでラテン語であった教会音楽を母国語の歌詞に翻訳し、聖書の言葉を理解しやすい言語で歌い、賛美すること目指しプロテスタント音楽の礎を築く。
【音楽の部屋|ルター】母国語で行った宗教改革
館長

そうしてドイツ音楽はルネサンスからバロック時代を迎えます

館長

ドイツ音楽バロック時代についてはまたいずれご紹介したいと思います

館長

その日をお楽しみに!

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0039イタリア共和国出身
1525-1594を生きた作曲家。ルターの唱えた宗教改革以降、伝統か改革かを迫られたローマ・カトリック教会音楽。その高位聖職者の心を掴んむ歌詞を重視したポリフォニーでカトリック宗教音楽界の頂点に達した。晩年には最高傑作と称えられるCanticum Canticorum を1584年に完成させた。モテットをベースに当時の権力者であったローマ教皇への進言でもあったとされる作品とされる。
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0039イタリア共和国出身
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40福岡県
1884-1966を生きた独文学者であり文芸評論家。第一高等学校から東京帝国大学独文科に進み、在学中に夏目漱石の門下生となり、木曜会に参加。そこで、寺田寅彦、高浜虚子らと交流。卒業後は慶應義塾大学、東北帝国大学で教鞭を執り、漱石全集の編纂にも尽力する。戦後は東京音楽学校校長などを歴任。著書「夏目漱石」で1954(昭和29)年に日本芸術院賞を受賞。芭蕉や歌舞伎、能など日本の伝統芸術にも造詣が深く、評論・随筆・翻訳など多方面で活躍。漱石研究の第一人者として、近代文学の記録と批評に大きな足跡を残した。その漱石著「三四郎」のモデルともされている。
【文学の部屋|小宮豊隆】大正時代編.45New!!
13東京都
1883-1956を生きた詩人であり彫刻家。東京美術学校彫刻科在学中に与謝野鉄幹の新詩社に入り、またロダンの影響を受ける。卒業後、1906(明治39)年より米・英・仏に留学し近代彫刻を学ぶ。帰国後は「パンの会」や「白樺」などの芸術運動に参加し、評論・翻訳・詩作に取り組む。1914(大正3)年に詩集「道程」を自費出版し、その後、口語自由詩体の完成に導く。妻である洋画家長沼智恵子の精神疾患と死別を経て、1941(昭和16)年に詩集「智恵子抄」を編む。戦時中は戦争協力詩を多く発表し、戦後はその反省から岩手県花巻に移住し、独居自炊の生活を送りながら創作を続ける。新たな時代の新たな文化を創ろうという思いを込め、1950(昭和25)年に詩集「典型」を刊行。1953(昭和28)年には十和田湖畔に「乙女の像」を完成させ、彫刻家としても再評価を得た。父は彫刻家の高村光雲。本名は光太郎(みつたろう)。
【文学の部屋|高村光太郎】大正時代編.44
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シュー(Syu)です
2025年も、よろしくね

館長

4年目を迎えた2025年も皆様に役立つ世界の偉人たちをシューちゃんと共にフリーイラストポートレートをお届けします

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