川端康成 Yasunari Kawabata
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こちらのページでは【文壇発見|川端康成】
没後50年を迎えてもなお文学界の最高峰
をお楽しみください
川端康成イラストポートレート(Syusuke Galleryより)

様子をおさめたポートレートです
そこで語ったのが3つの「おかげ」
ノーベル文学賞受賞決定の翌日で語ったのは3つの「おかげ」
- 日本の伝統のおかげ
- 各国の翻訳者のおかげ
- (まな弟子)三島由紀夫君のおかげ
1968年「川端康成」日本初の
ノーベル文学賞
この3つの「おかげ」を語ったのは1968年、日本人初のノーベル文学賞で世界から日本の文学がクローズアップされた
そのノーベル文学賞選考委員会を兼ねているスウェーデン・アカデミーは当時こう言っていました「優れた感性で日本人の心の本質を表現する彼の物語の巧みさ」(ノーベル文学賞公式HPはこちら)
そして受賞から50年たった2019年に初めて川端康成受賞の選考資料が公開されたんだ(文学賞受賞者の推薦と選出のHPより)
その中に「これまで最も日本文学を牽引した一人は川端康成である」と…
この内容から考えると、日本(殊にアジアの中で)の文学者に賞を挙げようと機運があったかのよう
理由はともあれこれで日本文学界に大きな転機となったんだ
その川端康成の代表作「雪国」
一度聞いたら忘れない一節『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白く…』

作者のあのノーベル文学賞受賞者「川端康成」
『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白く…』この名作を俳優「高橋一生」は島村をどう演じたのか!?
ちなみに日本人でもう一人の
ノーベル文学賞受賞は…
大江健三郎
川端康成が受賞してから26年後の1994年に
二人目として受賞した大江健三郎
それから27年経つけど3人目の吉報はまだ届かないなぁ…
そして川端康成を語る上で必須人物はこちら
三島由紀夫
三島由紀夫 Yukio Mishima 東京都出身 1925-1970
生涯の師と川端康成を師事した小説家は、その人生すべてを日本に、そして世界に存在感を誇示 した一人
いまもその生き様は新しく目に映る偉人
川端康成にその才能を認められて三島文学は大成。もしかすると師は三島の才能を想像以上に評価していたんだろうな。
菊池寛
菊池寛 Kan Kikuchi 香川県出身 1888-1948
1923年「頼まれて物を云うことに飽いた」「友人にも私と同感の人々が多いだろう」との想いで文藝春秋社を創設し文藝春秋を創刊した小説家
その社是や明文化された企業理念をあえて持ちあわせない社風は創業100年を2023年に控えてもなお健在
川端康成の無二の友人となる横山利一をスキヤキ(牛鍋)を突っつきながら引き合わせた張本人
横光利一
49歳で他界した横山利一の弔辞を詠んだ川端康成
「君(横山利一)は常に僕の心の無二の友人であったばかりでなく、菊池さん(菊池寛)と共に僕の二人の恩人であった。」
【文壇発見】「横光利一」文学の神様は芭蕉の後継者と豪語? 文学の部屋
ドナルド・キーン
「思い出の作家たち(新潮文庫)」に登場する川端康成は、まさにそこに生きているかのよう。その内容は友人であった三島由紀夫がいたからこそ書けたんだろうな…いらすとすてーしょん談
【文壇発見|ドナルド・キーン】日本を愛した日本人
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![1920-1992を生きた作詞家であり脚本家。中学卒業後、京都でアニメ映画製作など、職を転々とし、1941(昭和16)年召集され従軍。戦後、東宝の脚本家として「暗黒街の対決(1960)」や特撮映画「モスラ(1961)」などを手がけ、ゴジラシリーズにも名を残した。作詞家としては1958(昭和33)年、日本コロムビアと契約し、歌・小林旭「ダイナマイトが百五十屯(1958)」で鮮烈なデビューをはたす。以後、歌・舟木一夫「学園広場(1963)] 、「銭形平次(1966)」、歌・美空ひばり「柔(1964)」、など、映画やテレビの物語性と共鳴するヒット曲を連発。詞にドラマ性を宿した作風で、昭和歌謡の一翼を彩った。](https://illuststation196.com/wp-content/uploads/2026/01/Shinichi-Sekizawa-300x300.jpeg)































































































