中原中也 Chuya Nakahara
ようこそ!フリーイラストポートレートと
歴史の停車場「いらすとすてーしょん」へ
こちらのページでは【文学の部屋|中原中也】
朝ドラ「ちむどんどん」で再注目されましたをお楽しみください
中原中也イラストポートレート(Syusuke Galleryより)

両親からの過度な期待と身近な人々の運命の経験から描いた
その表現はいまも身近に感じられる中原文学
行こう山口! 中原中也が生まれたまち

中原中也は1907年、山口市(湯田温泉)にある実家のクリニックで生まれました
山口市の行き方は山陽新幹線の新山口駅からJR山口線に乗り換えて約20分強
この山口線はSLやまぐち号でもお馴染みかもしれません
新山口から中原中也の生まれた湯田温泉、山口、長門峡を通って津和野への約60キロの区間を走ります
※SLやまぐち号の公式HPはこちら
そして山口には四季を感じる「いらすとすてーしょん」おすすめの観光スポットがこちら
「一の坂川(いちのさかがわ)」です
この町並みは、時は室町時代
周防守護大内弘世(おおうちひろよ)により京を模して造られ、写真右の一の坂川は鴨川に見立てられました
土手沿いに広がる桜
そして初夏には無数のゲンジボタルの輝きは行き交う人々の目を和ませます
一ノ坂川はJR山口駅から約2キロほど北にございます
中原中也を語る上で必須人物はこちら
小林秀雄

中原中也16歳、京都に下宿生活を送り始めたその冬にマキノ映画製作所の稽古場で3歳年上の長谷川泰子に出会った。
そして二人はその2年後上京。そこで出会ったこの詩人ランボー談義に花を咲かせた小林秀雄と…泰子を巡って恋のバトルを繰り広げる。
そんなことがあっても中原中也は小林秀雄との交友は続く。
文学を愛し、その才能を認め合うもの同士でしかわからない友情なのかなんなのか。
そして早世した中原中也を悼み小林秀雄の読んだ詩「死んだ中原」の一節。
あゝ、死んだ中原
僕にどんなお別れの言葉がいえようか
君に取り返しのつかぬ事をして了つたあの日から
僕は君を慰める一切の言葉をうつちやつた」
大岡昇平

小林秀雄の影響か、17歳のころフランス語を学び始めた中原中也は同じ学舎に通っていた大岡昇平をフランス語の個人指導を受けていた小林秀雄の紹介で二人は出会う。
そのお互いの才能を認め合うかのように二人の交友は発展していく。
そして中原中也は友である大岡昇平に言った「自分と同じように不幸になれ」これは言ったというよりは命令に近かった。
中原中也の詩を一言で表すと「不幸の中の居心地(いらすとすてーしょんの勝手な感想です)」不幸であることを理解し、実感できると安らぎにかわるよう。
そして中原中也が早世してから40年あまりの時を経て中原中也をこのように表現しています「中原の中には、疑うべくもない魂の美しさとともに、何とも言えない邪悪なものがあった」(月間ポエム創刊号にて)

創刊号の特集は中原中也
中原中也記念館へ

中原中也記念館は、中原中也のふるさと山口を訪れる人々に、その風土を通じて中也の世界を感じていただくことを目的として、平成6年2月18日、中也生誕の地に開館しました。中也の遺稿や遺品を中心に、貴重な資料を公開しています。
※山口市ウエブサイトへはこちらから(観光情報→観光スポット→山口・湯田温泉・小郡エリア→Cエリア)
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![1920-1992を生きた作詞家であり脚本家。中学卒業後、京都でアニメ映画製作など、職を転々とし、1941(昭和16)年召集され従軍。戦後、東宝の脚本家として「暗黒街の対決(1960)」や特撮映画「モスラ(1961)」などを手がけ、ゴジラシリーズにも名を残した。作詞家としては1958(昭和33)年、日本コロムビアと契約し、歌・小林旭「ダイナマイトが百五十屯(1958)」で鮮烈なデビューをはたす。以後、歌・舟木一夫「学園広場(1963)] 、「銭形平次(1966)」、歌・美空ひばり「柔(1964)」、など、映画やテレビの物語性と共鳴するヒット曲を連発。詞にドラマ性を宿した作風で、昭和歌謡の一翼を彩った。](https://illuststation196.com/wp-content/uploads/2026/01/Shinichi-Sekizawa-300x300.jpeg)































































































