ゲオルク・フィリップ・テレマン Georg Philipp Telemann

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こちらのページでは【音楽家の部屋|テレマン

知られざる大作曲家
をお楽しみください

テレマン イラストポートレート(Syusuke Galleryより )

テレマンって?

館長

今回はテレマンさんのイラストポートレートをお届けしました

シューちゃん

この日を待っていました

館長

おっ!シューちゃんはテレマン推しなの?

シューちゃん

推しどころか尊敬しているよ

館長

あまり馴染みにがないのはわたしだけかもしれないけど…

館長

たしかJ.S.バッハと親交が厚かったぐらいのイメージでした

館長

ではシューちゃん、ここからお願い!

作曲数は最多

シューちゃん

テルマンさんは現存する作曲数では最高峰と言われてるよ

シューちゃん

その数3000曲以上とも!

シューちゃん

ジャンルは受難曲、教会カンタータ、オペラ、室内音楽,協奏曲、管弦楽曲、教会音楽などあらゆる分野で活躍

室内音楽

シューちゃん

その中で室内音楽に注目してみるね

アルカンジェロ・コレッリ登場

館長

室内音楽、教会音楽は17世紀に活躍したコレッリさんのイラストポートレートページも参考にしてください

1653-1713を生きた作曲家でありバイオリニスト。Accademia Filarmonica di Bolognaに17歳で入団。ヴァイオリニストとしての才能を認めらSan Luigi dei Francesiなどで活躍した。この17世紀バロック期においてコンチェルト・エクレシアスティコ(教会音楽)とコンチェルト・ディ・カメラ(室内楽)の両場面での音楽が高まり、それぞれ教会ソナタ、室内ソナタを完成させた作曲家として名を馳せている。
【音楽の部屋|コレッリ】教会・室内ソナタを完成させた作曲家
シューちゃん

この室内音楽は主に宮廷で演奏されるよね

シューちゃん

どんな場面で演奏されると思う?

館長

儀式とか…でしょうか

シューちゃん

それもあると思うけど…

シューちゃん

もっとに社交的な場面があるでしょ!?

館長

う〜ん…

シューちゃん

館長、今日はちょっとお疲れかな

シューちゃん

答えは宴席

シューちゃん

宮廷では宴席が設けられて社交場となっていた

シューちゃん

もちろん、美味しいお食事もだけど

シューちゃん

音楽もつきものだよね

ターフェルムジーク

シューちゃん

この宴席で奏でられる音楽を"ターフェルムジーク"って呼ばれてた

シューちゃん

ターフェルムジークは食卓の音楽ってこと

Musique de table

シューちゃん

このターフェルムジークに適する器楽作品集が"Musique de table"

シューちゃん

これをテレマンさんが著したんだ

シューちゃん

この作品集は貴族層に大ウケ

館長

テレマンさんは実業家みたいですね

シューちゃん

館長!冴えてきた

シューちゃん

そう、テレマンさんは自身の作品の価値を高めるため出版を利用したんだ

館長

いまでいう著作権のような…

シューちゃん

さすが館長!テレマンさんは知的財産活動を最初に行なったとも考えられているんだ

館長

ところでMusique de tableはどんな音楽が掲載されていたの?

シューちゃん

ではテレマンさんのMusique de tableに載っているTafelmusik Production Iを聞いてみて

Tafelmusik Production I

館長

ゲオルク・フィリップ・テレマン作曲 Tafelmusik Production I

シューちゃん

どうだった?

館長

なんとも優雅な感じ

館長

今度夕食の時にでも流してみたいです

シューちゃん

館長

改めてテレマンさんの作曲を聞いていると親友であった大バッハさんとは雰囲気違うような感じを受けますが…

シューちゃん

ジャンルによっても変わってくると思うけど

シューちゃん

確かに大バッハさんのスタイルは、あらゆる技法を用いて感動的な感じを受けるかなぁ

J.S.バッハ登場

シューちゃん

一方でテレマンさんのスタイルは、優雅で軽快、だけど奥行きがあるような…

館長

二人にしかわからない感覚のようなものがお互いを惹きつけたのかもしれませんね

シューちゃん

お互い尊敬し合っていたと思うよ

シューちゃん

大バッハさんの息子さんの名付けの親にもテルマンさんはなっているし…

エマヌエル

テルマンがいなければわたしは存在していなかったかも…

館長

これは、ハイドンやモーツァルトに大きな影響を与えたC.P.E. バッハ

テレマン

エマヌエルの才能を超えるものはこれからも存在しないのではと思うほどの才能だった

エマヌエル

テルマンが父大バッハと共に、わたしに作曲を教えてくれたおかげですよ

テレマン

わたしの亡き後、ヨハネウム音楽監督兼カントルを引き継いでくれてありがとう

エマヌエル

テルマンの仕事を引き継げたことが嬉しかったです

テレマン

お主は自身の才能に溺れず、父やわたしを立ててくれる素晴らしい人柄だった

館長

バッハ一族の作曲がバロック、そして初期の古典派の象徴のような感じでしたが、テレマンという偉大な作曲家の存在が大きかったのですね

館長

そしてテレマン、J.S.バッハがこの時代を牽引していたことがわかりました

館長

さて今回はゲオルク・フィリップ・テレマンを取り上げさせていただきました

館長

いらすとすてーしょんでは西洋音楽を彩ってきた音楽家を…

館長

これからもご紹介していきます

館長

どうぞお楽しみに!

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0089中華人民共和国出身
1920-2014を生きた歌手であり俳優。1938年満洲映画協会から中国人専属俳優とした李香蘭という芸名でデビューし日本や満州国で大人気となる。それは誰もが中国人スターと信じてやまなかった。終戦後、日本に帰国してからは山口淑子として銀幕、舞台で俳優、歌手として活躍。参議院議員として3回当選を果たしている。
【音楽の部屋|山口淑子(李香蘭)】ブギウギ放送記念⑤
01北海道
1924-2010を生きた歌手であり俳優。1929年に子役デビューし、俳優としての才能をすぐさま発揮し人気を博す。戦前後に数々のスクリーンに登場し活躍した。歌手としては1949年公開の主題歌カンカン娘で大ヒットを果たす。引退後はエッセイスト、脚本家として活躍した。
【音楽の部屋|高峰秀子】ブギウギ放送記念④
13東京都
1910-1998を生きた映画監督。画家になることを夢見たが、現在の東宝に入社し1943年姿三四郎で映画監督デビュー。戦後は敗戦国の姿とヒューマニズムを掛け合わせた作品で、生きることをフィルムに込めた。それは中学時代に読み漁ったロシア文学、その中でもドストエフスキーの影響があったとされている。
【映画監督の部屋|黒澤 明】ブギウギ放送記念③
28兵庫県
1889-1950を生きた経営者であり興行師。夫、泰三を共に大阪天満にて寄席興行をはじめ、後の吉本興業を興す。それは大阪の演芸界に革新を起こし、現在も大阪生まれの独自路線で人気を博している。
【経営者の部屋|吉本せい】ブギウギ放送記念②

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