名取洋之助 Yonosuke Natori

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こちらのページでは【ファインダーの巨匠|名取洋之助】いまじゃメジャーのフォトジャーナリストを開拓した男 をお楽しみください

名取洋之助イラストポートレート(Syusuke Galleryより

報道写真家の父が冠「名取洋之助写真賞」って

”新進写真家の発掘と活動を奨励する”ために、35歳までの写真家を対象とした「名取洋之助写真賞」の公募を行います。時代を捉える鋭い眼差しと豊かな感性による、斬新な作品を期待します。

社会の動向に鋭い視線を投げかけ、情熱を燃やす新進写真家へ!

公益社団法人日本写真家協会は、”新進写真家の発掘と活動を奨励する”ために、35歳までの写真家を対象とした「名取洋之助写真賞」の公募を行います。時代を捉える鋭い眼差しと豊かな感性による、斬新な作品を期待します。

名取賞30万円(及びJPSが企画する写真集の制作)1名
奨励賞10万円1名
東京、大阪での受賞作品写真展の開催

名取洋之助を知る一冊はこちら

名取洋之助 写真報道とグラフィック・デザインの開拓者

名取洋之助 写真報道とグラフィック・デザインの開拓者
白山眞理著
平凡社

報道写真家として米グラフ誌『LIFE』で活躍、対外宣伝グラフ誌『NIPPON』などでは編集者としても辣腕を発揮した鬼才。戦後日本の写真・グラフィックの礎を築いた作品をあまた紹介。

報道写真家として米グラフ誌『LIFE』で活躍、対外宣伝グラフ誌『NIPPON』などでは編集者としても辣腕を発揮した鬼才。戦後日本の写真・グラフィックの礎を築いた作品をあまた紹介。

出版社は平凡社

ちなみにこの本の出版社である平凡社を創った男「下中弥三郎」の記事です。お時間ございましたらぜひ覗いてください

28兵庫県
1878-1961年を生きた平凡社の創業者は近代日本初のポケット事典を出版。教育者としての大きな器と平和を願う情熱の人生
【探究ネタ】「下中弥三郎」名前は平凡だけど非凡です 日本史からみた偉人たち

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43熊本県
1307?-1341?を生きた武将。討幕の先駆けとして討死した父・武時の遺志を継ぎ、一貫して南朝を支えた。後村上天皇の即位後も変わらぬ忠誠を誓い、都から遠く離れた肥後(熊本)の地で「正統」を掲げ続けた。武重の戦いは都奪還を目指す華々しい合戦ではなく、地方に南朝の拠点を守り抜く過酷な持久戦であった。中央の情勢がいかに不利になろうとも、自国の武士たちを律する日本最古の家憲「菊池憲法」を制定し、一族の結束を強化。地方から南朝の命脈を保とうとしたその姿勢は、南北朝の戦いが全国を巻き込む長期戦であったことを物語っている。都を奪還するような決定的な勝利を挙げた武将ではない。だが、敗勢の中でも正統を支える選択を貫き、のちに懐良親王を迎える南朝の強固な基盤を築いた。その姿は、地方から南朝を支え続けた覚悟を体現している。いらすとすてーしょんでは出生年を1307年、没年を1341年とさせていただきます。
【政治の部屋|菊池武重】南北朝時代編.6New!!
26京都府
1328-1368を生きた政治家(第97代天皇)。後醍醐天皇の皇子として生まれ、建武の新政崩壊後、父が吉野で南朝を樹立すると、幼少期から動乱の渦中に立たされる。1339年に即位後、約30年にわたり南朝の頂点として「正統」を掲げ続けた。足利幕府と北朝が都を掌握し、南朝が恒常的に劣勢となるなかでも、その志は折れず、自ら兵を率いて京都を一時奪還し、北朝の三上皇を拘束するなど大胆な行動で幕府を揺さぶった。拠点を転々としながらも天皇の儀礼と制度を保持し続けた姿は、南北朝が「正統とは何か」をめぐる信念の衝突であったことを象徴している。泥にまみれてなお王冠を捨てなかったその生涯は、南朝のもっとも鮮烈な輝きを示した。
【政治の部屋|後村上天皇】南北朝時代編.5
シューちゃん

シュー(Syu)です
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館長

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