島崎藤村 Toson Shimazaki
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こちらのページでは【文壇発見】「島崎藤村」
自然主義文学の話ですが…第二話
をお楽しみください
- 1. 島崎藤村イラストポートレート(Syusuke Galleryより)
- 2. 自然主義文学物語3部作紹介
- 2.1. 田山花袋
- 2.2. 島崎藤村
- 2.3. 国木田独歩
- 3. 案内役は島崎藤村です
- 3.1. 島崎藤村について
- 3.2. 現・明治学院大学を卒業して英語教師に
- 3.3. 島崎藤村「春」発表
- 3.4. 国木田独歩登場
- 3.5. 島崎藤村「詩集・若菜集」発表
- 3.6. 島崎藤村「破壊」発表
- 3.7. 島崎藤村 訳あって渡欧
- 3.8. 反自然主義文学の台頭
- 3.9. 私小説?
- 3.10. 島崎藤村「夜明け前」発表
- 4. 藤村記念館に行こう
- 5. 第3話は私「国木田独歩」
- 6. 第1話は私でした「田山花袋」
- 7. 文学家・新着偉人(It's New)は
こちらから - 8. いらすとすてーしょん検索コーナー
島崎藤村イラストポートレート(Syusuke Galleryより)

日本における自然主義文学のファーストインクラス「破戒」を発表
自然主義文学物語3部作紹介
田山花袋
Katai Tayama
1872-1930
文学家
「田山花袋」自然主義文学の話ですが…第一話
「自然主義文学」を浅く簡単にイラストポートレートと共に3回にわたってお届けします。
その第一話目の注目は…
・柳田國男との出会い
・森鴎外との出会い
・先を越された「蒲団」

島崎藤村
Toson Shimazaki
1872-1943
文学家
「島崎藤村」自然主義文学の話ですが…第二話
「自然主義文学」を浅く簡単にイラストポートレートと共に3回にわたってお届けします。
その第二話目の注目は…
・田山花袋との出会い
・「破戒」がスタート
・「春」はわたしの懺悔

国木田独歩
Doppo Kunikida
1871-1908
文学家
「国木田独歩」自然主義文学の話ですが…第三話
「自然主義文学」を浅く簡単にイラストポートレートと共に3回にわたってお届けします。
その第三話目の注目は…
・徳富蘇峰との出会い
・竜土会
・元祖は誰

案内役は島崎藤村です

第二話案内役は
私、島崎藤村が務めます!
本名「島崎春樹(しまざき はるき)」と申します

今回はわたしの十八番(オハコ)自然主義文学について綴ってみます

それって、わたしの…
【文壇発見】「田山花袋」自然主義文学の話ですが…第一話

まぁあ、まぁあ、ろくや!
前回の続きってことでさっ
島崎藤村について

わたし島崎藤村は田山花袋と同じく1872年(明治5年)
いまの岐阜県中津川市に生まれました

馬籠宿

父(島崎正樹)は国学者だったので…

文学はいつも身近にある環境で育ったので気がつけば文学の道に入ってたって感じさ

ちなみにわたしの父をモデルにした「夜明け前」(1929年新潮社)を歴史小説として残しています


藤村のお父上の師匠はワシじゃったんだぞ

これは篤胤先生!
しっかり本にも登場いただいておりますよ
現・明治学院大学を卒業して英語教師に

この英語教師になった数年間はいろいろあった
本当にいろいろあったんだ
島崎藤村「春」発表

何があったって??それは…「春」(1908年新潮社)を読んでもらったらわかるかな


この苦難を乗り越えられたかどうかはわからないけど…
明治26年に東北宮城の地に移って新たな生活を始めたんだ

母の死があったけど、この環境が功を奏してね

のちに刊行する「若菜集」の詩作を進めることができたんだ

その東北宮城(仙台)での暮らしは短かく1年足らずで帰京

このころ確か田山花袋や国木田独歩に会うんだな
国木田独歩登場

ひさしぶり藤村くん
出会ったのは明治29(1896)年ぐらいだったかな?
【文壇発見】「国木田独歩」自然主義文学の話ですが…第三話

ご無沙汰
島崎に独歩氏

そういえばその翌年の明治30(1897)年
わたしと藤村で共に刊行した『抒情詩』へ独歩氏もジョインして作品を発表してくれたんだよな!

その翌年明治31(1898)年だったか…
島崎藤村「詩集・若菜集」発表

藤村くんは第一詩集となる「若菜集」を刊行して日本を代表する詩人の一歩を遂げるんだからすごいよ

独歩氏
そんな盛っても何も出ないぞ

でも…たしかになぁ
「若菜集」刊行の翌年明治32(1899)年には長野に移って結婚
長女の誕生と穏やかな日々で幸せだった…おぃ聞いてるか⁉️

そうだったの?

あまり関心なさそうだな…
でも確か、この頃から写生文を描き始め自然観察の感覚を身につけてスキルを磨いていったんだ

いま明かすと、ろくやより先に自然主義文学としての「破戒」を書き始めたのもこの頃だった

なんと
島崎藤村「破壊」発表

そうこうしている間に時は過ぎて明治38(1905)年
ようやく「破戒」を書き上げたので原稿携えてまたまた上京しただよ

そうして翌明治39(1906)年に
工面が大変だったけど自信作だから自費出版した
これがウケたわけだ!

おれは焦ったさ

それから順風満帆…の筈だったけど…
愛娘が相次いで夭逝したり…
わたしの悪い癖も出てしまったりして…
島崎藤村 訳あって渡欧

歯車が噛み合わなくなってしまってさ
だから大正2(1913)年だったかぁ…
すべてを断ち切るために思い切って渡欧

わたしが亡くなったのが明治41年(1908年)でしたらか…
あれから藤村くんの人生はいろいろあったのですな
反自然主義文学の台頭

大正5(1916)年に帰国したら世の中の流行作家は一遍していた
私たちの自然主義文学とは180度対極の反自然主義文学が台頭していたし芥川龍之介の名も聞こえていたよな

その反自然主義文学の代表格が「夏目漱石」??

「夏目漱石」は独自路線をいっていたと思うけど…
当時自然主義文学の対抗は反自然主義文学と呼ばれていたようなところがあったからな…
そういう風に捉えられていたのかもね
私小説?

ちなみに自然主義文学は「私小説」って呼ばれ方もしますよね

私小説は書き手の実人生を赤裸々に書き綴った小説だな

自然主義文学はゾラが定義した「人の行動を科学的に、そして客観的に表現する」ってことだから
この辺りが似たり寄ったりなんだろうけど…
なのでわたしは自然主義文学から私小説として書き上げたつもりなんだけど。

わたし的には自然主義文学から私小説として書き上げたつもりなんだけどさ
島崎藤村「夜明け前」発表

時は一気に過ぎて…
昭和10(1935)年国際ペンクラブから要請があって日本ペンクラブが結成された

わたしが初代会長になりました。63歳ごろだったかな。

さすが当時の文壇の重鎮!
その間にお父上をモデルにした「夜明け前」も発表していたんだね

「夜明け前」は小説家として最後の大仕事になった

わたしの生きた近代日本文学って大きな括りでみると、残した作品はその時代2のトレンドに乗っかっていけたのかなって思うな

藤村くんは頑張った

えらいよ!島崎は!

いかがでしたか?
今回はわたし島崎藤村目線で自然主義文学をお届けしました

長々とお付き合いいただき嬉しいです

ちなみにわたしの生まれ故郷岐阜県中津川市には
藤村記念館がございます
お近くまで来られた際はぜひぜひ遊びに来てくださいね

俺の国木田独歩館もあるぞ

それは今度にしてね
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藤村記念館に行こう
藤村記念館
〒508-0502 岐阜県中津川市馬籠4256-1
0573-69-2047
行き方 JR中津川駅から北恵那バス馬籠行き・馬籠下車30分、バス停から徒歩約10分/中央道・中津川I.C.(木曽福島方面)→国道19号線 沖田交差点→馬籠(I.C.から約15分)
開館時間 午前9時~午後5時((12月~3月は~午後4時)入館は15分前まで)
休館日 12月~2月の毎週水曜日

第3話は私「国木田独歩」
第1話は私でした「田山花袋」
- 前はわたしの番でした
- 【自然主義】文学の話ですが…第一話「田山花袋 Katai Tayama」
またのお越しをお待ちしています。
・「柳田國男」との出会い
・「森鴎外」との出会い
・先を越された「蒲団」

文学家・新着偉人(It's New)は
こちらから
【文学の部屋|山上路夫】昭和時代編.232
【文学の部屋|水島 哲】昭和時代編.231
【文学の部屋|横井 弘】昭和時代編.230
【文学の部屋|水木かおる】昭和時代編.229
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【文学の部屋|矢田津世子】昭和時代編.162
【文学の部屋|円地文子】昭和時代編.161
【文学の部屋|平林たい子】昭和時代編.160
【文学の部屋|佐多稲子】昭和時代編.159
【文学の部屋|大田洋子】昭和時代編.158
【文学の部屋|村山籌子】昭和時代編.157
【文学の部屋|林 芙美子】昭和時代編.156
【文学の部屋|森 茉莉】昭和時代編.155
【文学の部屋|住井すゑ】昭和時代編.154
【文学の部屋|中村汀女】昭和時代編.153
【文学の部屋|壺井 栄】昭和時代編.152
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【文学の部屋|野上弥生子】昭和時代編.145
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![1920-1992を生きた作詞家であり脚本家。中学卒業後、京都でアニメ映画製作など、職を転々とし、1941(昭和16)年召集され従軍。戦後、東宝の脚本家として「暗黒街の対決(1960)」や特撮映画「モスラ(1961)」などを手がけ、ゴジラシリーズにも名を残した。作詞家としては1958(昭和33)年、日本コロムビアと契約し、歌・小林旭「ダイナマイトが百五十屯(1958)」で鮮烈なデビューをはたす。以後、歌・舟木一夫「学園広場(1963)] 、「銭形平次(1966)」、歌・美空ひばり「柔(1964)」、など、映画やテレビの物語性と共鳴するヒット曲を連発。詞にドラマ性を宿した作風で、昭和歌謡の一翼を彩った。](https://illuststation196.com/wp-content/uploads/2026/01/Shinichi-Sekizawa-300x300.jpeg)






























































































