島崎藤村 Toson Shimazaki

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こちらのページでは【文壇発見】「島崎藤村」自然主義文学の話ですが…第二話 をお楽しみください

島崎藤村イラストポートレート(Syusuke Galleryより

自然主義文学物語3部作紹介

田山花袋

Katai Tayama

1872-1930

文学家

「田山花袋」自然主義文学の話ですが…第一話

「自然主義文学」を浅く簡単にイラストポートレートと共に3回にわたってお届けします。
その第一話目の注目は…
・柳田國男との出会い
・森鴎外との出会い
・先を越された「蒲団」

Profile Picture

島崎藤村

Toson Shimazaki

1872-1943

文学家

「島崎藤村」自然主義文学の話ですが…第二話

「自然主義文学」を浅く簡単にイラストポートレートと共に3回にわたってお届けします。
その第二話目の注目は…
・田山花袋との出会い
・「破戒」がスタート
・「春」はわたしの懺悔

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国木田独歩

Doppo Kunikida

1871-1908

文学家

「国木田独歩」自然主義文学の話ですが…第三話

「自然主義文学」を浅く簡単にイラストポートレートと共に3回にわたってお届けします。
その第三話目の注目は…
・徳富蘇峰との出会い
・竜土会
・元祖は誰

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自然主義文学「島崎藤村」物語

案内役は島崎藤村です

1872-1943を生きた近代日本文学を代表する一人は詩から小説家に転身し日本における自然主義文学のファーストインクラス「破戒」を発表

第二話案内役は
私、島崎藤村が務めます!

本名は「島崎春樹(しまざき はるき)」と申します。

はるき

今回はわたしの十八番(オハコ)自然主義文学について綴ってみます

はるき

まぁあ、まぁあ、ろくや!
前回の続きってことでさっ

島崎藤村について

はるき

わたし島崎藤村は田山花袋と同じく1872年(明治5年)
いまの岐阜県中津川市に生まれました

Magomejzyuku
中津川市HP
馬籠宿
はるき

父(島崎正樹)は国学者だったので…

はるき

文学はいつも身近にある環境で育ったので気がつけば文学の道に入ってたって感じさ

はるき

ちなみにわたしの父をモデルにした「夜明け前」(1929年新潮社)を歴史小説として残しています

島崎藤村「夜明け前」新潮文庫
島崎藤村「夜明け前」新潮文庫
あつたね

藤村のお父上の師匠はワシじゃったんだぞ

1776-1843を生きた秋田より脱藩し裸一貫で上京、江戸で最新の学問を苦学で身につけた国学4大大人の一人。
【国学者|平田篤胤 Atsutane Hirata】化政期の国学四大人(こくがくしうし)の一人
はるき

これは篤胤先生!
しっかり本にも登場いただいておりますよ

現・明治学院大学を卒業して英語教師に

はるき

ちょっと脱線してしまったけど、そんな環境で育ち無事大学を卒業して英語教師になったんだ。

ちなみに大学は今の明治学院大学

その校歌の作詞はわたし島崎藤村です

MeijiGakuinUniversityAppearance
明治学院大学外観
はるき

この英語教師になった数年間はいろいろあった

本当にいろいろあったんだ

島崎藤村「春」発表

はるき

何があったって??それは…「春」(1908年新潮社)を読んでもらったらわかるかな

教え子との禁断の愛。敬愛するあの人の自死。藤村20代の苦悩を描いた青春小説の古典的傑作。
岸本捨吉の教え子勝子に対する愛は実を結ぶことなく、彼の友人であり先輩である青木は理想と現実の矛盾のために自ら命を絶つ。――青春の季節に身を置く岸本たちは、人生のさまざまな問題に直面し、悩み、思索する。新しい時代によって解放された若い魂が、破壊に破壊をかさねながら自己を新たにし、生きるべき道を求めようとする姿を描く、藤村の最初の自伝小説。
はるき

この苦難を乗り越えられたかどうかはわからないけど…
明治26年に東北宮城の地に移って新たな生活を始めたんだ

はるき

母の死があったけど、この環境が功を奏してね

はるき

のちに刊行する「若菜集」の詩作を進めることができたんだ

はるき

その東北宮城(仙台)での暮らしは短かく1年足らずで帰京

はるき

このころ確か田山花袋や国木田独歩に会うんだな

国木田独歩登場

かめきち

ひさしぶり藤村くん
出会ったのは明治29(1896)年ぐらいだったかな?

1871-1908を生きた詩人であり、自然文学主義の先駆けと称される「運命論者」「正直者」を1903年に発表も紅露時代の波に押し流された。
【文壇発見】「国木田独歩」自然主義文学の話ですが…第三話
ろくや

ご無沙汰
島崎に独歩氏

ろくや

そういえばその翌年の明治30(1897)年
わたしと藤村で共に刊行した『抒情詩』へ独歩氏もジョインして作品を発表してくれたんだよな!

かめきち

その翌年明治31(1898)年だったか…

島崎藤村「詩集・若菜集」発表

かめきち

藤村くんは第一詩集となる「若菜集」を刊行して日本を代表する詩人の一歩を遂げるんだからすごいよ

はるき

独歩氏
そんな盛っても何も出ないぞ

はるき

でも…たしかになぁ
「若菜集」刊行の翌年明治32(1899)年には長野に移って結婚
長女の誕生と穏やかな日々で幸せだった…おぃ聞いてるか⁉️

かめきち

そうだったの?

はるき

あまり関心なさそうだな…
でも確か、この頃から写生文を描き始め自然観察の感覚を身につけてスキルを磨いていったんだ

はるき

いま明かすと、ろくやより先に自然主義文学としての「破戒」を書き始めたのもこの頃だった

ろくや

なんと

島崎藤村「破壊」発表

はるき

そうこうしている間に時は過ぎて明治38(1905)年
ようやく「破戒」を書き上げたので原稿携えてまたまた上京しただよ

はるき

そうして翌明治39(1906)年に
工面が大変だったけど自信作だから自費出版した
これがウケたわけだ!

ろくや

おれは焦ったさ

はるき

それから順風満帆…の筈だったけど…
愛娘が相次いで夭逝したり…
わたしの悪い癖も出てしまったりして…

島崎藤村 訳あって渡欧

はるき

歯車が噛み合わなくなってしまってさ
だから大正2(1913)年だったかぁ…
すべてを断ち切るために思い切って渡欧

かめきち

わたしが亡くなったのが明治41年(1908年)でしたらか…
あれから藤村くんの人生はいろいろあったのですな

反自然主義文学の台頭

はるき

大正5(1916)年に帰国したら世の中の流行作家は一遍していた
私たちの自然主義文学とは180度対極の反自然主義文学が台頭していたし芥川龍之介の名も聞こえていたよな

かめきち

その反自然主義文学の代表格が「夏目漱石」??

はるき

「夏目漱石」は独自路線をいっていたと思うけど…
当時自然主義文学の対抗は反自然主義文学と呼ばれていたようなところがあったからな…
そういう風に捉えられていたのかもね

私小説?

かめきち

ちなみに自然主義文学は「私小説」って呼ばれ方もしますよね

ろくや

私小説は書き手の実人生を赤裸々に書き綴った小説だな

ろくや

自然主義文学はゾラが定義した「人の行動を科学的に、そして客観的に表現する」ってことだから
この辺りが似たり寄ったりなんだろうけど…
なのでわたしは自然主義文学から私小説として書き上げたつもりなんだけど。

ろくや

わたし的には自然主義文学から私小説として書き上げたつもりなんだけどさ

島崎藤村「夜明け前」発表

はるき

時は一気に過ぎて…
昭和10(1935)年国際ペンクラブから要請があって日本ペンクラブが結成された

はるき

わたしが初代会長になりました。63歳ごろだったかな。

ろくや

さすが当時の文壇の重鎮!
その間にお父上をモデルにした「夜明け前」も発表していたんだね

はるき

「夜明け前」は小説家として最後の大仕事になった

はるき

わたしの生きた近代日本文学って大きな括りでみると、残した作品はその時代2のトレンドに乗っかっていけたのかなって思うな

かめきち

藤村くんは頑張った

ろくや

えらいよ!島崎は!

はるき

いかがでしたか?
今回はわたし島崎藤村目線で自然主義文学をお届けしました

はるき

長々とお付き合いいただき嬉しいです

はるき

ちなみにわたしの生まれ故郷岐阜県中津川市には
藤村記念館がございます
お近くまで来られた際はぜひぜひ遊びに来てくださいね

かめきち

俺の国木田独歩館もあるぞ

はるき

それは今度にしてね

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皆様のご理解をよろしくお願い申し上げます

藤村記念館に行こう

藤村記念館

〒508-0502 岐阜県中津川市馬籠4256-1
0573-69-2047
行き方 JR中津川駅から北恵那バス馬籠行き・馬籠下車30分、バス停から徒歩約10分/中央道・中津川I.C.(木曽福島方面)→国道19号線 沖田交差点→馬籠(I.C.から約15分)
開館時間 午前9時~午後5時((12月~3月は~午後4時)入館は15分前まで)
休館日 12月~2月の毎週水曜日

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第3話は私「国木田独歩」

第1話は私でした「田山花袋」

文学家・新着偉人(It's New)はこちらから

38愛媛県
1873-1937を生きた俳人の師は正岡子規。当初子規には俳句でなくベースボールの師匠でありその後文学を学んだと伝えられている。 子規の死後5・7・5の形式に拘らない自由な俳句(新俳句界の新傾向)に傾倒し高浜虚子と対立。
【文学の部屋|河東碧梧桐】師は正岡子規でしたNew!!
38愛媛県
1874-1959を生きた俳人の師は同級生の河東碧梧桐に紹介された正岡子規。子規の同級生であった柳原極堂が創刊した俳句雑誌ほとゝぎす(後のホトトギス)の編集長を引き継ぎ師子規の目指した写生論を継承。
【文学の部屋|高浜虚子】師は正岡子規New!!
38愛媛県
1867-1902を生きた日本を代表する俳句、短歌の文壇。写生論で歌の革新運動を進めた。
【文学の部屋|正岡子規】俳句・短歌の革新に取り組みましたNew!!
12千葉県
1868-1927を生きたドイツ文学者は特に近代ドイツ戯曲を研究。帝国大学同窓の夏目漱石の友人でもあり、渡欧留学のためプロイセン号には共に同船。2018年に欧州到着後イギリス滞在の漱石からドイツ滞在の禎輔に送った絵葉書が見つかり話題となる。
【文学の部屋|藤代禎輔】日本におけるドイツ文学研究の第一人者
28兵庫県
1904-1980を生きた中国文学者は、少年時代に中国文学に魅せられ史記などの中国古典を学び、中国留学を機に中国人に成り切る生活を送るほどであった。杜甫研究では昭和を代表する第一人者であり京都大学文学部教授を歴任。
【文学の部屋|吉川幸次郎】杜甫研究のスペシャリスト
20長野県
1910-1977を生きた中国文学者は日本人として中国文化に親しみ、そして戦後日本社会の抱える問題を問うた評論家でもあり思想家。魯迅研究者としてもその名を残している。
【文学の部屋|竹内 好】弱いものイジメと戦う文学者
13東京都
1735-1813を生きた本名平沢常富は武士であり、戯作者、狂歌師、俳諧師と多彩な文豪でもあった。特に黄表紙では当時の流行作家山東京伝と肩を並べるほどの人気作家。しかし後の寛政の改革で藩主より叱責を頂戴し黄表紙から手を引く。
【江戸文学|黄表紙】「朋誠堂喜三二 (平沢常富)」戯作者、狂歌師でも武士
22静岡県
1765-1831を生きた洒落本の後継となった人情本、滑稽本(または談義本)の作家、特に清談峯初花は人情本の、東海道中膝栗毛で滑稽本の祖と称される。
【江戸文学|戯作】「十返舎一九」江戸庶民の心を鷲掴み
13東京都
1749-1823を生きた武士であり、副業は洒落本の売れっ子作家。また狂名が四方赤良とした狂歌三大家一人であり、その一派は山手蓮と称された。戯作の花形作家「山東京伝」の才能を見出した一人でもある。
【江戸文学|戯作】「大田南畝」江戸時代のラップスター
13東京都
1761-1816を生きた戯作(散文学)の洒落本、黄表紙、(後期)読本と、時代の江戸幕府の取り締まりに応じて自在に作風を変化させた代表的作者であり、当時の花形作家。
【江戸文学|戯作】「山東京伝」江戸時代のベストセラー作家
27大阪府
1734-1809を生きた(前期)読本の著者筆頭格。前期読本は当時の中国から俗文学として日本に輸入された白話小説を翻案したもので、その代表作となる短編の怪談奇談集「雨月物語」を和漢混淆文で発表。
【江戸文学|(前期)読本】「上田秋成」上方の古典博士
20長野県
1763-1828を生きた俳諧の連歌師は、葛飾派(松尾芭蕉の友人・山口素堂の流派)で学び、その道を志す。その人生は苦難の連続であったとされ、その影響が滲み出る作品が多く残されている。一茶の生きたこの時代は文化・文政時代を受けて作風を化政調と表現されている。
【江戸文学|俳諧の連歌】「小林一茶」親しみある作品はなんと2万句
27大阪府
1716-1784を生きた俳諧の連歌師は、松永貞徳を祖とする俳諧流派・貞門を学び、敬う松尾芭蕉によって芸術性の高められた俳諧の連歌は当時下れていたことを危惧し、修行のため行脚生活を始め、その復興に生涯をそそぐ。芭蕉が確立した蕉風回帰を目指して、「俗を用いて俗を離れ、俗を離れて俗を用いる」という離俗論を取り入れた作風を確立した。この時期の元号が天明であったので天明調と言われている。
【江戸文学|俳諧の連歌】「与謝蕪村」離俗論で復興しました
24三重県
1644-1694を生きた俳諧の連歌師は松永貞徳門下、北村季吟の門より松永貞徳を祖とする俳諧流派であった貞門派、西山宗因らの俳諧流派、談林派をあゆみ、幽玄・閑寂といった趣の匂付に重きをおいた蕉風(正風)を確立、俳諧の連歌(現在の俳句)を芸術文学へと導く。
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1642-1693を生きた西山宗因を祖とする談林派門下の俳諧師であり、まだ小説というジャンルもない時代に、日本で初めてベストセラー小説を生み出した浮世草子の作者。
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【医学の部屋|森鴎外 Ogai Mori】本日2022年7月9日没後100年
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1929-2011を生きた詩人であり児童文学作家。やさしさに感性が合わさる、そして言葉の深さが年代によって感じ方が違う作風。そして昭和を代表するアニメの歌詞も手がけた。
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1914-1981を生きた小説家は芥川賞候補に名を連ねる注目作家も、重度のプレッシャーを夫婦で闘った人生。
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1920-2013を生きた第三の新人と呼ばれた芥川賞作家は戦争、病、死と隣り合わせの弱者の視点で描く文壇
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31鳥取県
1896-1971を生きた才女であり斬新な文学手法の小説家。文壇の世界から自ら早く身を遠のけその才能が惜しまれた。
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【文壇発見】「村岡花子」戦火でも必死に「Anne of Green Gables」を翻訳しました 文学の部屋
12千葉県
1871-1908を生きた詩人であり、自然文学主義の先駆けと称される「運命論者」「正直者」を1903年に発表も紅露時代の波に押し流された。
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10群馬県
1872-1930を生きた漢詩文を学び尾崎紅葉に弟子入り、その後自然主義文学を私小説として書き上げた。
【文壇発見】「田山花袋」自然主義文学の話ですが…第一話
28兵庫県
1932-2022を生きた作家であり政治家は一つの時代を創った歯に衣着せぬ物言いの日本人
【文壇発見】「石原慎太郎」あばよ!太陽の季節 文学の部屋
02青森県
1909-1948を生きた小説家の作風は典型的な私小説であり、自己破滅型とも称される。主な作品に『走れメロス』『津軽』『お伽草紙』『人間失格』がある。没落した華族の女性を主人公にした『斜陽』はベストセラー。
【文壇発見|太宰 治】6月19日生誕日は桜桃忌
34広島県
1909-1992を生きた広島県広島市出身の小説家は戦後昭和の文壇を寡占。その戦前の半生、目の前にある「生きる」実体験が戦後の万年筆に乗り移り、数々の名作、そして社会を動かしていたと思えるほど。2022年8月に没後30年を迎えられることを記念してイラストポートレートをお届けさせていただきます。 ※今回いらすとすてーしょんでは広島県を出身地とさせていただきました。
【文壇発見】「松本清張」没後30年もドラマの定番 文学の部屋
38愛媛県
大江健三郎Kenzaburo Oe1935- 愛媛県喜多郡内子町出身の作家
【文壇発見】「大江健三郎」 日本人2人目の快挙は、いまのニッポンを伝える力 文学の部屋 1994年ノーベル文学賞
13東京都
1929-1981 東京都出身のシナリオライターであり小説家はシナリオライター御三家(向田邦子、倉本聰、山田太一)と称され、数々のホームドラマを世に送る。ありふれた日常を独特の視点で切り取る観察力と表現力は、1981年飛行機事故で亡くなってから40数年経ついまもなお人気が衰えない。
【文壇発見】「向田邦子」 シナリオライター御三家の一人、命日は8月22日 文学の部屋
15新潟県
1896-1973を生きた新潟県新潟市出身の小説家は少女小説「花物語」で女学生を中心に人気を博し、その後家庭・歴史小説を次々に発表した。また自身を題材としたLGBT(QIA)としてのセクシャルマイノリティを小説で書き上げ、日本のアライ(ALLY)取り組みの先駆者としても名を馳せた。
【文壇発見】吉屋信子 「花子とアン」宇田川満代のモデルはいまもなお大人気 文学の部屋
13東京都
1932-2002を生きた東京都出身の詩人は青春時代に詩を嗜み、演劇を愛した女流詩人は東京大学卒業後劇団四季に入団。その後ライフイベントを経て、どっぷりと詩の世界へ。晩年は神経疾患の難病との戦いであった。また作品の中でLGBT(QIA)としてのセクシャルマイノリティを示唆し、公表はせずともアライ(ALLY)取り組みを実践されていたとされる。
【文壇発見】「吉原幸子」 女性のためにこの詩を届ける 文学の部屋
13東京都
1885-1967を生きた東京都出身の歌人は明治大正昭和3時代は波瀾万丈の人生。みずからの意思で掴んだ幸せを世間は袋叩きに、しかし虐げられていた女性たちには自由のシンボルと映る。稀有な生涯は大正天皇の従妹であり、歌人であった。2014年朝ドラ「花子とアン」の花子腹心の友葉山蓮子は白蓮のモデルとして登場。
【文壇発見】「柳原白蓮」大正の三代美人は大正天皇の従妹であり歌人
01北海道
1894-1970を生きた北海道札幌市出身の小説・随筆家は随筆46篇、詩10篇からなる「もめん随筆」(新潮社)を発表。日本の女性随筆家の嚆矢とされる森田のデビュー作であり、その作品は現代の清少納言と称された。
【文学の部屋|森田たま】現代の清少納言と称された北海道初の…
15新潟県
1906-1955を生きた小説家は昭和日本文学を代表する一人。純文学から推理・歴史等幅広い作品を書き上げた。その人柄を示すエピソード「染太郎火傷未遂事件」テッパンに手を_つきてヤケドせ_ざりき男もあり。
【文壇発見|坂口安吾】事件大好き!?カレーライス?火傷未遂?
0001アメリカ合衆国出身
1922-2019を生きたアメリカ出身の日本文学世界的権威、2012年帰化し日本国籍を取得
【文壇発見|ドナルド・キーン】日本を愛した日本人
36徳島県
1922-2021を生きた徳島県出身の小説家は大正・昭和・平成・令和と4つの時代を過ごした人生は波瀾万丈。様々な苦悩を乗り越え、作家として、そして僧侶として命の大切さ、生きることの素晴らしさの数々の言霊を残した。
【文壇発見】「瀬戸内寂聴」私の声を聞け!天国の瀬戸内からアースデー2022へ! 文学の部屋
13東京都
1931-を生きる東京都出身の日本を代表する詩人は17歳から執筆した詩を「二十億光年の孤独」と題して1952年21歳の時に東京創元社より出版。この詩集に対して先にストルガ詩祭の最高賞「金冠賞」を日本人初1996年に受賞した大岡信氏は高い評価を与えたと当時の記録に残されています。そして現在もなお執筆活動を続け、谷川ワールドを世界に発信し続けておられます。
【文壇発見|谷川俊太郎】日本人2人目の快挙Награда "Златен венец"
23愛知県
1913-1943を生きた愛知県出身の昭和を代表する児童文学作家の代表作は「ごん狐」、雑誌「赤い鳥」出身作家の一人であり、ごん狐は18歳時の作品。愛知県半田市名誉市民であり新美南吉記念館も同地に。
【文壇発見|新美南吉】平和を願ったごんぎつね
27大阪府
1899-1972を生きた大阪府出身の日本人初ノーベル文学賞受賞作家は、日本の伝統のおかげ、各国の翻訳者のおかげ、(まな弟子)三島由紀夫君のおかげの、3つの「おかげ」をノーベル文学賞受賞決定の翌日に語る。いらすとすてーしょん独自のイチオシは「雪国」。
【文壇発見|川端康成】没後50年を迎えてもなお文学界の最高峰
21岐阜県
1859-1935を生きた岐阜県出身の近代日本を代表する小説家、評論家、翻訳家、劇作家。演劇改良運動にも功績あり歌舞伎演目数々執筆。
【文壇発見|坪内逍遥】早稲田キャンパスでお待ちしています
21岐阜県
1789-1858を生きた岐阜県出身の江戸時代後期に活躍した漢詩人は勤王の志士でもあり、頼山陽や佐久間象山らと深い親交があり、梅田雲浜や吉田松陰、久坂玄瑞ら多くの志士が星巌邸を訪ねるなど、勤王の志士を束ねる存在であった。
【文壇発見】「梁川星巌」19世紀代表する日本文学家 文学の部屋
文学の部屋
1913-1943を生きた愛知県出身の昭和を代表する児童文学作家の代表作は「ごん狐」、雑誌「赤い鳥」出身作家の一人であり、ごん狐は18歳時の作品。愛知県半田市名誉市民であり新美南吉記念館も同地に。
【文壇発見】「新美南吉」半田が生んだ童話作家

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13東京都
1773-1841を生きた1603年徳川家康征夷大将軍任命より1867年徳川慶喜大政奉還宣言後明治改元まで265年間続いた江戸幕府、その第十一代将軍Ienari Tokugawaの在職期間は50年0ヶ月。御三卿一橋家二代目一橋治済の長男。
【探究ネタ】「徳川家斉」江戸幕府第十一代征夷大将軍New!!
13東京都
1737-1786を生きた1603年徳川家康征夷大将軍任命より1867年徳川慶喜大政奉還宣言後明治改元まで265年間続いた江戸幕府、その第十代将軍Iehara Tokugawaの在職期間は26年4ヶ月。父第九代将軍家重の長男。
【探究ネタ】「徳川家治」江戸幕府第十代征夷大将軍
38愛媛県
1873-1937を生きた俳人の師は正岡子規。当初子規には俳句でなくベースボールの師匠でありその後文学を学んだと伝えられている。 子規の死後5・7・5の形式に拘らない自由な俳句(新俳句界の新傾向)に傾倒し高浜虚子と対立。
【文学の部屋|河東碧梧桐】師は正岡子規でした
38愛媛県
1874-1959を生きた俳人の師は同級生の河東碧梧桐に紹介された正岡子規。子規の同級生であった柳原極堂が創刊した俳句雑誌ほとゝぎす(後のホトトギス)の編集長を引き継ぎ師子規の目指した写生論を継承。
【文学の部屋|高浜虚子】師は正岡子規

今月の推し偉人

まりあ

"いらすとすてーしょん"2023年1月の


推し偉人はわたし「マリア・カラス」

0001アメリカ合衆国出身
1923-1977を生きた20世紀を世界を代表するソプラノ歌手。その人生は公私共に波瀾万丈。トップの座を射止めた歌声は完璧を追い求め、そして愛に翻弄される。2023年は生誕100年、そして2017年に公開された「私は、マリア・カラス」はマリアの未完の自叙伝を映画化。誰も知らないマリア・カラスに会えます。
【音楽の部屋|マリア・カラス】Maria by Callas

「推し偉人」

フリーイラストポートレートと歴史の停車場


いらすとすてーしょん」では毎月「推し偉人」を


特集しています

これまでの


「いらすとすてーしょん」
推し偉人

2022〜2023

2022-03-3104宮城県

【あれから11年|佐藤忠良】3月推し偉人 生誕110年世界の彫刻家

2022-04-0113東京都

【画家の部屋|鏑木清方 Kiyokata Kaburaki】4月の推し偉人 東の美人画家代表

2022-05-0947沖縄県

【本土復帰50周年記念|船越義珍】5月推し偉人 沖縄初空手を世界へ

2022-06-0133岡山県

【戦う偉人|緒方洪庵】6月推し偉人 さる天然痘!くるサル痘? ワクチン大規模接種は江戸時代から!?

2022-07-0114神奈川県

【コラボ記念|東山魁夷 Kaii Higashiyama】7月推し偉人 栄光社×Syusuke Gallery

2022-08-0138愛媛県

【行こう宇和島|穂積陳重】8月推し偉人 日本初‘民法’生みの親

2022-09-0139高知県

【2023朝ドラは私|牧野富太郎】9月推し偉人 なんと生涯に収集した植物標本は40万枚!?

2022-10-010033フランス共和国出身

【2022W杯・カタール大会開催記念|Jules Rimet ジュール リメ】10月推し偉人 FIFAワールドカップの父

2022-11-010001カナダ出身

【11月14日今日は何の日?|Banting バンティング】11月推し偉人 14 November is World Diabetes Day

2022-12-0113東京都

【国立劇場建て替え記念|中村勘三郎(17代目) Kanzaburo Nakamura XVII】12月推し偉人 Nov./1966

2023-01-010001アメリカ合衆国出身

【音楽の部屋|マリア・カラス】Maria by Callas

2023-02-0138愛媛県

【文学の部屋|正岡子規】俳句・短歌の革新に取り組みましたNew!!

いらすとすてーしょんからのお知らせ

創業76年を迎える総合広告代理業を営む栄光社のイチオシと「いらすとすてーしょん」のコラボレーションが2022年7月1日ついにオープン!イチオシ美術とそのイラストポートレートで贈る作者をぜひご堪能ください
創業77年を迎える栄光社HP新企画「イチオシ」と


いらすとすてーしょん「Syusuke Gallery」


コラボレーション
「イチオシ」で取り上げられた美術のその作者を


イラストポートレートで贈ります
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