後堀河天皇





Emperor Go-Horikawa (1212-1234)

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後堀河天皇
イラストポートレート Syusuke Galleryより

館長

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後堀河天皇って

館長

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シューちゃん

武士の世になっても、父と手を取り合いながら、新しい秩序の中の天皇を務めたんだね

館長

そして後堀河天皇は晩年、乱後の朝廷が再び「文化」を語れるようになったあかしとして、
藤原定家に「新勅撰和歌集」の編纂を託しました

こんな背景

シリーズ:承久の乱 〜 天皇たちの運命劇場

第5回: 後堀河天皇〜鎌倉が選んだ、新しい秩序の象徴〜

今回のシリーズ:「承久の乱 〜 天皇たちの運命劇場」は…

壇ノ浦の海で平家が滅び、壇上に立つべき幼い安徳天皇 が沈んだとき、日本の王権は深い傷を負いました。
その傷を抱えたまま、平安的な王権を守り抜こうとしたのが、

平家滅亡後の世界で、再び武士に挑んだ不屈の帝

後鳥羽院 でした。

文化に秀で、武芸にも通じ、「天皇の理想」を胸に抱いた希代の王は、平家滅亡後の新しい世界で、初めて真正面から「武士の国」と向き合うことを迫られました。

一方その頃、鎌倉では源 頼朝 亡きあと、カリスマを失った幕府が内部抗争に揺れ、そのすき間をぬうように北条氏が着実に台頭。「武士が国を治める秩序」をさらに築き上げ、守り固めようとしていました。


対する京では…
後鳥羽院がそのわずかな揺らぎを見逃しません。

「今こそ、武士に奪われた権威を取り戻す時である。」

院は自ら軍事力を整え、文化の力で御家人たちをも魅了し、しかし確かな意志で「帝の逆襲」の準備を進めていきます。

朝廷と武士。
王権と武家政権。
互いの正義が譲れぬ一線を越えたとき、両者は避けられない衝突へ向かっていきました。

そしてその過程で、後鳥羽院の息子たち、そして孫たちがそれぞれの「胸に帝のプライド」を宿し、自らの運命を賭けて歴史の舞台に立つことになります。

1221年。
日本史の転換点 「承久の乱」 がついに幕を上げる。

このシリーズでは、後鳥羽院の影を受け継いだ11人の天皇・院 の物語を追っていきます。
華やかな権力争いではない。
勝者の論理でもない。

これは、武士の国を前にして、帝たちが「何を守ろうとしたのか」。
その心の軌跡を描く、大いなる劇場の物語です。

承久の乱 〜 天皇たちの運命劇場」11人のストーリー

第1回 土後門天皇
争いを拒み、自ら流刑を望んだ「静」の帝

第2回 順徳天皇
父の理想を継ぎ、佐渡に燃え尽きた「熱」の帝

第3回 仲恭天皇
在位わずか78日、運命に翻弄された幼君

第4回 守貞親王(後高倉院)
乱の果てに、図らずも「治天の君」となった父

第5回 後堀河天皇
鎌倉が選んだ、新しい秩序の象徴

第6回 四条天皇
12歳で幕を閉じた、あまりに儚き治世

第7回 後嵯峨天皇
皇統分裂の種を蒔いた、苦渋の調停者

第8回 後深草天皇
持明院統(北朝)の祖、不遇を抱えた長子

第9回 亀山天皇
大覚寺統(南朝)の祖、理想を追った次子

第10回 後宇多天皇
二つの皇統を束ね、父の理想に生きた院政の主

第11回 伏見天皇
持明院統の誇りを守り、文化に光を求めた帝

父は、後高倉院(守貞親王)

1212年。
一人の皇子が、静かにこの世へ生を受けました。
のちに後堀河天皇となる茂仁王です。

父は、高倉天皇 の第二皇子・守貞親王(後高倉院)
承久の乱の混乱の中で、皇位に就かぬまま上皇へと押し上げられた「治天の君」でした。

その背中のすぐそばで、幼い茂仁王は、時代の激しさを言葉にできぬまま見つめていました。
やがて、承久の乱で後鳥羽院 側は敗北。

その結果、後鳥羽院をはじめ、後鳥羽の皇子・土御門 、そして順徳 の三上皇は、すべて流罪となります。
皇統は途絶え、朝廷は空白となりました。

わずか10歳で即位

1221(承久3)年。
幕府は徹底して後鳥羽院の系統を退け、新しい秩序を示すため、茂仁王を天皇として立てる決断を下します。
それが、後高倉院の子で出家をしていなかった第三皇子・後堀河天皇の即位でした。

「武士政権が初めて選んだ天皇」

この歴史的な意味を、わずか10歳の帝が背負うことになったのです。
後堀河天皇は、朝廷存続の「最後の糸」として、鎌倉幕府の意志と京の公家社会の均衡の中心に置かれました。

政治は父・後高倉院の院政のもとで

即位後、政務を司ったのは父・後高倉院でした。
父が武士との交渉や朝廷の立て直しを担うなか、後堀河天皇は「秩序の象徴」として玉座にありました。

激情の時代とは対照的な、現実との折り合いを重視する静かな姿勢。それは乱後の再建に、何よりも求められていた姿でした。

幼き帝の治世と、乱後の再建の歳月

父・後高倉院が亡くなった1223年。
父亡きあとも玉座を守り、象徴として朝廷の行方を見守りました。

承久の乱の後始末、公家社会の再編成、幕府との新たな均衡づくりなど、父が取り組んだ課題に向き合い、静かにその歳月を過ごしていたと伝わります。

そうして、即位から約10年が経った頃、ようやく朝廷に「文化」を語る余裕が戻りはじめます。

文化の光

1232(貞永元)年。
後堀河天皇は、藤原定家 に「新勅撰和歌集」の編纂を命じます。
定家にとっても晩年の大仕事であり、政治の荒廃に代わる「言葉の秩序」を取り戻す試みでした。

武士政権によって揺らいだ王権の世界を、和歌という「文化の光」で組み直す。

これまで背負ってきた政治的象徴とは異なるこの下命には 「乱後の再建を文化にも広げる」 という後堀河天皇自身の意思が確かに宿っていました。

ただし、編纂は途中で難航します。
後堀河天皇は同年10月に譲位し「院」となり院政を行うも、2年後に崩御(1234年)します。
この「新勅撰和歌集」は、九条道家らの主導によって編纂作業は継続され、1235年(文暦2年)に完成しています。

四条天皇へ譲位

「新勅撰和歌集」の編纂を命じた同年の1232(貞永元)年、後堀河天皇は、自身の子である四条天皇に譲位します。

しかし、その約2年後の1234年。
23歳の若さで崩御しました。

激動の時代に擁立され、「新しい秩序の象徴」として背負わされたその生涯は、短く、静かに幕を閉じました。

明日は、四条天皇

父・後堀河天皇の後を継いだのは、その幼い息子であった四条天皇です。
即位した時わずか1歳。
治世のまま12歳で崩御するという、日本史でも極めて短く、儚い生涯でした。

次回の承久の乱 〜天皇たちの運命劇場〜は、「12歳で幕を閉じた、あまりに儚き治世」 四条天皇の物語です。

1231-1242を生きた政治家(第87代天皇)。後堀河天皇の第一皇子として生まれ、1232(貞永元)年、わずか1歳で即位。幼帝ゆえ政務を担う力はなく、朝廷は摂関家の勢力争いと幕府の監視のはざまで揺れ続けた。父・後堀河院が1234年に崩御すると、その影響力を支える基盤も失われ、四条天皇の治世は不安定な宮廷政治と権門の思惑に左右される時代となった。宮廷では和歌や儀礼がなお続けられ、幼い帝は文化の場における象徴であり続けたが、政治の主導権は完全に幕府へ移っていた。1242(仁治3)年、12歳で早世。御所内での不慮の事故が原因と伝わるその最期は、鎌倉幕府による支配の強化と、皇統の迷走を象徴するような、儚く短い治世であった。
【政治の部屋|四条天皇】鎌倉時代編.17

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