東京都出身の画家

13東京都
1760-1849を生きた浮世絵師。幼い頃より絵描きを好み、役者絵の大家勝川春章に浮世絵を学び、その破門と相なる。その後美人画も手がけ、読本の挿絵を手掛け、その中でも曲亭馬琴の挿絵は人々を魅了した。その後70代で描き始めた風景版画「富嶽三十六景」が大ヒット、歌川広重と競い合い、富嶽百景を残す。
【画家の部屋|葛飾北斎】波絵の知名度は世界一
13東京都
1839-1892を生きた浮世絵師。1850(嘉永3)年に歌川国芳の門をたたく。1866(慶応2)年には兄弟子の落合芳幾との共作「英名二十八衆句」残酷絵シリーズで一躍脚光を浴びた。晩年は歴史画、美人画に加えて郵便報知新聞、絵入自由新聞、やまと新聞などの新聞挿絵を手掛けた。
【画家の部屋|月岡芳年】新たな時代の浮世絵を探る筆
13東京都
1828-1894を生きた絵師であり日本洋画家。はじめ狩野派に絵を学び、その後独学で絵を習得。幕末から幕府洋学機関に入局し油画の研究を行なった。リアリズムこそ洋画の骨頂と捉えたその作風は、近代洋画の先駆者とされている。 明治天皇の肖像画も描いている。
【画家の部屋|高橋由一】日本初の油絵習得!?
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1747-1818を生きた浮世絵師であり江戸時代の西洋画家。当初狩野派に絵を学び、その浮世絵師にとなり美人画を手がける。その後1720(享保5)年蘭書の輸入が解禁と同時に挿絵に描かれた洋風画に江漢は傾倒。1783(天明3)年に銅版画を成功させた。本草学者平賀源内門下として前野良沢、大槻玄沢らとの交流により蘭学に精通していたと考えられている。
【画家の部屋|司馬江漢】銅版画を成功させた洋風画家
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1835-1908を生きた絵師であり日本画家。江戸幕府奥絵師木挽町家に兄弟子狩野芳崖と共に学ぶ。その後芳崖を認めたお雇い外国人フェノロサに雅邦もその才能を認められ、雅邦と同じく新日本画運動の中心人物となる。東京美術大学の初代日本画教授に内定していた雅邦の突然の訃報に際し、雅邦は芳崖を引き継ぎ同校での日本画の発展に情熱を注いだ。 教え子に大学では横山大観、私塾では川合玉堂など。
【画家の部屋|橋本雅邦】芳崖の後を継ぐ近代日本画
13東京都
1797-1858を生きた浮世絵師。火消職から15歳で絵師との二足の草鞋を履く。初世歌川豊国に入門叶わずも歌川豊広門下に入る。天保4年ごろより東海道の宿場風景を描いた版元の名を冠す保永堂版「東海道五拾三次」で一躍名所絵の名手としての地位を確立。木曽街道六十九次や名所江戸百景などの風景版画を残した。
【画家の部屋|歌川広重】旅ブームでバズる名所絵
13東京都
1798-1861を生きた浮世絵師。初世歌川豊国の門人となり水滸伝豪傑百八人之一箇の錦絵として役者絵シリーズが好評となり一躍、武者絵の国芳と称された。風景画、美人画、役者絵、花鳥画、武者絵、風刺画、戯画、版本の挿絵、肉筆画など作域は広範に活動。その中で天保の改革時に現した風刺画を描き日本における風刺画の第一人者とされている。門人に月岡芳年。
【画家の部屋|歌川国芳】武者絵の国芳
13東京都
1786-1865を生きた浮世絵師。初世歌川豊国の門人となり江戸化政期の美人画は粋な美意識を追求、そして役者絵は特に人気を博し役者絵の国貞と称された。草双紙(合巻)挿絵にも幅広く作品を残している。
【画家の部屋|歌川国貞】役者絵の国貞
13東京都
1769-1825を生きた浮世絵師。歌川豊春(1735-1814)の高弟となり、その豊春を祖とする江戸後期の浮世絵歌川派を確立した。1794(寛政6)年スタートの役者絵のシリーズ、役者舞台之姿絵で猪首猫背型を特徴とした人物画に印象の強い形と色彩によって実在感を強調する画風とし人気を博した。多くの門人を抱え国貞、国芳といった人気絵師を輩出した。
【画家の部屋|歌川豊国】役者絵はリタッチで大人気
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1894-1935を生きた東京都出身の日本画家は40歳と早逝した日本画家は二十代前半で横山大観、小林古径といった日本画界の巨匠の目に止まり古来の日本画技法を基軸として、最新の技法を取り入れ日本画壇に新しい息吹を吹き込む。東京渋谷の山種美術館は速水画伯の最大コレクションを誇り、最高傑作と名高い「炎舞」を鑑賞できます。
【画家の部屋|速水御舟 Gyoshū Hayami】細密描写の日本画巨匠
13東京都
1884-1978を生きた東京都出身の日本画家は古来の大和絵技法を世襲し、それをさらに発展させ、小林古径、前田青邨と並び称される新古典主義日本画の時代を築いた。
【画家の部屋|安田靫彦】院展の三羽烏の一人
13東京都
1909-1993を生きた東京美術学校(現東京藝術大学)卒の日本画家。日展三山の一人の長女は三島由紀夫と結婚。
【画家の部屋|杉山 寧 Yasushi Sugiyama】完全主義貫く日展三山の一人
13東京都
1893-1991を生きた東京都出身の日本画を主軸とした芸術家は岸田劉生にその才能が目に留まり21歳で画家を志し、油絵のみならず、書・彫刻・陶芸・詩・随筆と多彩な芸術を生み出す。1949年から神奈川県真鶴町にアトリエを構え活動の拠点とした。
【画家の部屋|中川一政 Kazumasa Nakagawa】真鶴半島を愛した多彩なタッチ
13東京都
1878-1972を生きた東京都出身、2022年に没後50年を迎えた日本画の巨匠。そして美人画の数々を残した鏑木は、樋口一葉や泉鏡花を愛読書とし、そのモチーフを作品化として残す。
【画家の部屋|鏑木清方】東の美人画家代表

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0033フランス共和国出身
1844-1910を生きた画家。通称"税関吏ルソー"はパリ市入市税関に勤めながら、独学で風俗画や空想的、幻想的な原生林風景画など独創的な才能を活かし絵を描いた。そのキャンパスに描く単純さ、明らかな構図を持ち合わせた素朴さをパブロ・ピカソはキュビズムに通じると高く評価したとされる。
【画家の部屋|アンリ・ルソー】素朴さの巨匠
0033フランス共和国出身
1798-1863を生きた画家。早世したジェリコーに影響を受け、ロマン主義を受け継いだ巨匠は、新古典主義を掲げ当時の絵画界の権力者アングルに挑み続ける。そしてギリシア独立戦争におけるオスマン帝国の弾圧を描いた「キオス島の虐殺」はヨーロッパ全土に影響をあたえ、ギリシヤ独立のきっかけとなったとされている。そして フランス7月革命をモチーフにした「民衆を導く自由の女神」はロマン主義最大の作品としていまでも人々を魅了し続けている。
【画家の部屋|ドラクロワ】ロマン主義の代表格
0049ドイツ連邦共和国出身
1577-1640を生きた画家。17世紀フランドルにおいてバロック様式を確立し、それはイタリア美術と肩を並べるほどの技術であったとされる。ミケランジェロ、ティツィアーノの作品から学び、イタリア留学時の盟友カラッチやカラバッジョらから影響を受け巨匠の階段を駆け上がった。帰国後はネーデルランド国における宮廷画家となり、工房を組織化し大規模な制作拠点を築いた。古典的知識を持つ人文主義学者、美術品収集家、さらに七ヶ国語をあやつり、外交官としても活躍している。
【画家の部屋|ルーベンス】フランドル・バロックの巨匠
0033フランス共和国出身
1871-1958を生きた20世紀マティス、ピカソとならびフランスを代表する画家。ギュスターブ・モローに師事し、師の絵に加えて、感情豊かな象徴的要素を強調する新しい芸術手法に挑んだ巨匠。その性格は完全主義的であったとされている。
【画家の部屋|ジョルジュ・ルオー】モローに師事した完全主義

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1329-1392を生きた武将。足利義詮・義満の二代にわたり管領として幕政を主導し、南北朝の戦いが生み出した分裂秩序を、実際の「統治」へと転換させる。足利尊氏が政権の枠組みを作り、高師直が戦争を管理し、義詮が分裂を前提に政権を継承したのに対し、頼之が担ったのは、戦争状態を常態としない政治へと移行させる役割であった。南朝勢力との対立が続く中でも、守護権力の調整や法整備を進め、武力のみに依存しない政権運営を模索した。その政治姿勢は、分裂したままでも国家を安定させる道を具体的に示し、南北朝の戦いを「続く内乱」から「収束可能な政治課題」へと変質させていく。頼之は、動乱の帰結として生まれた秩序を、初めて現実の統治として成立させた存在である。南北朝の戦いが「武力による決着」ではなく、「調整と管理によって政治が運営される時代」へと移行したことを、具体的な政務によって示した人物であった。
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26京都府
1330-1367を生きた室町幕府第二代将軍。足利尊氏の子として、南北朝分裂が常態化する中で成長し、父・尊氏の後を継いで室町幕府第二代将軍となる。義詮の治世は分裂を終わらせるものではなかったが、分裂を前提とした政権運営を「日常の政治」として引き受け、担った時代であった。尊氏が枠組みを作り、高師直が制度化したのに対し、義詮が担ったのはその秩序を恒常的に機能させる役割であった。南朝との対立下でも統治機構を動かし続け、将軍職を非常時の軍事指導者から、日常を司る統治者へと変貌させていった。 義詮は、分裂を前提とした秩序を現実のものとして次代へき渡した存在である。その歩みは、南北朝の戦いという「帰結」として生まれた幕府が、武力の産物にとどまらず、確かな制度として定着していく過程そのものを象徴している。
【政治の部屋|足利義詮】室町時代編.1
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