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0033フランス共和国出身
1844-1910を生きた画家。通称"税関吏ルソー"はパリ市入市税関に勤めながら、独学で風俗画や空想的、幻想的な原生林風景画など独創的な才能を活かし絵を描いた。そのキャンパスに描く単純さ、明らかな構図を持ち合わせた素朴さをパブロ・ピカソはキュビズムに通じると高く評価したとされる。
【画家の部屋|アンリ・ルソー】素朴さの巨匠
0033フランス共和国出身
1798-1863を生きた画家。早世したジェリコーに影響を受け、ロマン主義を受け継いだ巨匠は、新古典主義を掲げ当時の絵画界の権力者アングルに挑み続ける。そしてギリシア独立戦争におけるオスマン帝国の弾圧を描いた「キオス島の虐殺」はヨーロッパ全土に影響をあたえ、ギリシヤ独立のきっかけとなったとされている。そして フランス7月革命をモチーフにした「民衆を導く自由の女神」はロマン主義最大の作品としていまでも人々を魅了し続けている。
【画家の部屋|ドラクロワ】ロマン主義の代表格
0049ドイツ連邦共和国出身
1577-1640を生きた画家。17世紀フランドルにおいてバロック様式を確立し、それはイタリア美術と肩を並べるほどの技術であったとされる。ミケランジェロ、ティツィアーノの作品から学び、イタリア留学時の盟友カラッチやカラバッジョらから影響を受け巨匠の階段を駆け上がった。帰国後はネーデルランド国における宮廷画家となり、工房を組織化し大規模な制作拠点を築いた。古典的知識を持つ人文主義学者、美術品収集家、さらに七ヶ国語をあやつり、外交官としても活躍している。
【画家の部屋|ルーベンス】フランドル・バロックの巨匠
0033フランス共和国出身
1871-1958を生きた20世紀マティス、ピカソとならびフランスを代表する画家。ギュスターブ・モローに師事し、師の絵に加えて、感情豊かな象徴的要素を強調する新しい芸術手法に挑んだ巨匠。その性格は完全主義的であったとされている。
【画家の部屋|ジョルジュ・ルオー】モローに師事した完全主義

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26京都府
1536-1565を生きた室町幕府第十三代将軍。父・足利義晴の代に、将軍権威が有力大名の争いを正当化するための「権威の看板」として消費されていく現実の中で育つ。義輝は「権威の看板」だけの将軍制に抗い、自ら剣豪・塚原卜伝に師事するなど、武をもって将軍の実体を取り戻そうとした。京都に復帰しては追放される不安定な政局の中でも、諸大名と交渉を重ね、将軍として政治と軍事の主導権回復を試みる。しかしその姿勢は、畿内で実権を握った三好氏・松永久秀らと鋭く対立し、1565年、二条御所において家臣の手によって殺害された。将軍がその居城で家臣に討たれるという最期は、武によって抗いながらも、将軍制がもはや存立しえなかった段階に至っていたことを象徴している。
【政治の部屋|足利義輝】室町時代編.10New!!
25滋賀県
1511-1550を生きた室町幕府第十二代将軍。父・足利義澄が政争の中で将軍職を追われた後、擁立された。義晴の治世、細川氏の家督争いが畿内一帯を混乱させ、将軍はもはや京都に安定して留まることすらできなかった。義晴はたびたび都を追われ、有力大名の庇護下を転々としながら将軍位を保つことを余儀なくされる。その過程で将軍の権威は、統治のための力ではなく、勢力争いを正当化するための「権威の看板」として利用されていった。義晴の生涯は、将軍が政権の中心ではなく、他者の行動に正統性を与える存在へと転落した段階に、幕府が入っていたことを示している。
【政治の部屋|足利義晴】室町時代編.9
シューちゃん

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