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13東京都
1926-1998を生きた作詞家。戦後の混乱期を乗り越えて1947(昭和22)年、二松学舎専門学校(現、二松学舎大)を卒業。文芸通信社を経て1952(昭和27)年雑誌「平凡」と日本コロムビア共催の作詞コンクールに入選し、「サラリーマン節」で作詞家デビュー。1958(昭和33)年にポリドール専属となり、歌・西田佐知子「アカシアの雨がやむとき(1960)」が、時代の行き止まりに立ち尽くす若者たちの心を射止め、その後大ヒットし注目を集める。歌・加藤登紀子「赤い風船(1966)」、歌・渡哲也「くちなしの花(1973)」など、多くの名曲は、庶民の孤独や哀感を静かにすくい上げる詞風で昭和歌謡を支えた。本名は奥村聖二。
【文学の部屋|水木かおる】昭和時代編.229New!!
35山口県
1925-2010を生きた作詞家。高等商船学校(現、東京海洋大学)を卒業後、漁船員なるも腎臓結核を発病し下船。4年間の闘病生活を送り、その間に文芸誌へ詩や詞を投稿した。1952(昭和27)年雑誌「平凡」への投稿詞が入選。これを石本美由起により「チャイナの波止場(1953)」と改題してレコード化し作詞家デビューとなる。1959(昭和34)年「黄色いさくらんぼ」をはじめ、「アンコ椿は恋の花(1964)」「三百六十五歩のマーチ(1968)」「男はつらいよ(1970)」など、戦後の演歌から大衆歌謡まで幅広い名曲を作詞し活躍した。生涯の作品数は約3000曲に及ぶ。本名は有近哲郎。
【文学の部屋|星野哲郎】昭和時代編.228
シューちゃん

シュー(Syu)です
2026年も、よろしくね

館長

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