3月8日は国際女性デー 今年のテーマは「持続可能な明日に向けて、ジェンダー平等をいま」。 すべての人にとって、より持続可能な未来を築くため、気候変動への適応・緩和・対応策を主導している世界中の女性と女児の貢献を認識し評価するものと国連日本事務所より発表されています。

女性の権利や地位向上を目的としたこの国際女性デー。毎年様々な調査が行われますが、世界銀行の経済8分野を男女格差で分析した結果、日本は世界103位。ちなみに2021年は80位とのことですので、この1年でさらに世界から日本の男女格差が広がっていると読み取れます。その中で国は賃上げ促進に向けて様々な施作に取り組んでいますが、ジェンダー平等を加速する取り組みがさらに望まれると考えています。

国際女性デーを記念して「いらすとすてーしょん」ではSyusuke Galleryより愛知県出身をクローズアップし、その中からジェンダー平等の先駆者、市川房枝女史・高橋瑞子女史・三岸節子女史の3名をお届けさせていただきます。 この記念すべき日に、この偉人たちに思いを寄せていただけましたら幸いです。

日本で第3の公許女医,済生学舎に女子入学を許可させる,産科での貧窮者の無償施療、乳児院での無償の種痘治療などの慈善活動を展開した

2020年7月9日婦人公論.jp
男装の女医・高橋瑞の波瀾の人生「あとに続く女子医学生たちのために自らを標本に」掲載されています

日本のジェンダーダイバーシティの先駆け社会(婦人運動)活動を明治・大正・昭和の時代を越えて展開、男女平等、女性解放運動のために一生を捧げた。

【終了】2022年6月17日(金)13:30〜15:30
「私にとっての市川房枝」@Zoomウェビナーにて開催
申し込み方法はこちら
主催(公財)市川房枝記念会女性と政治センター

愛知県中島郡小信中島村(現在の一宮市)出身 1994年に女性洋画家として初めて文化功労者を受賞

〜2022年7月10日(日)まで
一宮市三岸節子記念美術館ではコレクション展(常設展)「カラリストの世界」開催中
パンフレットはこちら
本動画内にて世界女性デーの表記は、正しくは「国際女性デー」です。謹んで誤植をお詫びします。

いらすとすてーしょんは国際女性デーを応援しています

いらすとすてーしょん検索コーナー

ようこそいらすとすてーしょんへ

  • 独自のタッチで描いたイラストポートレート

    お楽しみください
  • イラストポートレートはプライバシーポリシー内にある著作権の範囲内でしたらフリー

    ご活用いただけます(プライバシーポリシー
  • モバイルの場合はスクショを、PCの場合は

    右クリックなどでイラストポートレートを

    保存いただけます
  • Syusuke Galleryは「いらすとすてーしょん」にアップしている全イラストポートレートが

    ご覧いただけます
  • 新着偉人(It's New)は「いらすとすてーしょん」の独自にピックアップした偉人たちを日替わりで紹介しております
  • 都道府県・国、そして出生年別などは、サイトマップ検索ボックスをご活用ください

※検索「カテゴリー」「タグ」「キーワード」欄に


複数入力された場合は、すべて一致の場合のみヒットします

新着偉人(It's New)

新たに公開のイラストポートレートをご覧ください

28兵庫県
1277-1350を生きた武士。播磨国(現在の兵庫県)の在地勢力として育ち、出家して「円心」と号した。後醍醐天皇の討幕計画に呼応し、いち早く挙兵。播磨を拠点に京都への補給路を遮断するなど、巧みな軍事戦略で幕府軍を苦しめ、鎌倉幕府滅亡の立役者の一人となった。建武の新政が始まると、その功績から播磨守護に任じられる。しかし、恩賞を巡る混乱の中でわずか数カ月でその職を解かれ、公家主導の政治に強い不満を抱くようになる。この「地方武士の軽視」が決定打となり、やがて同じく新政に背を向けた足利尊氏と合流。九州から東上する尊氏を支え、湊川の戦いなどで南朝軍を圧倒した。その生涯は、天皇の理想が地方武士の武力によって成し遂げられながらも、両者の利害の乖離によって決裂していく過程そのものである。情熱で立ち上がり、冷徹な現実判断で生き残りを図ったその姿は、建武の新政を瓦解させた「武士の論理」を雄弁に物語っている。
【政治の部屋|赤松則村(円心)】南北朝時代編.2New!!
26京都府
1308-1335を生きた皇族であり武士。後醍醐天皇の皇子として生まれ、天台座主(仏教界の最高位)を務めながらも、父の掲げる「天皇親政」の理想を武力で実現するため、還俗を決断する。自ら甲冑をまとい、僧兵や野伏を率いて吉野や高野山で挙兵する。鎌倉幕府軍を翻弄し、討幕運動の最前線に立って戦い続けた。「剣をもつ皇子」として、幕府滅亡に多大な軍事的貢献を果たした存在である。しかし、建武の新政が始まると、その独自行動と強力な軍事基盤、そして足利尊氏への強い警戒心は、秩序回復を急ぐ政権内部で次第に疎まれるようになる。尊氏との権力闘争に敗れ、鎌倉へ幽閉。政治の混乱の中で、28歳という若さで非業の死を遂げた。その生涯は、天皇の理想と武士の現実が真正面から衝突した象徴である。その苛烈な生き様と早すぎる最期は、建武の新政の綻びを鮮烈に浮かび上がらせ、やがて時代そのものが南北朝動乱という大きな嵐へと飲み込まれていくことを予感させる。
【政治の部屋|護良親王】南北朝時代編.1
シューちゃん

シュー(Syu)です
2026年も、よろしくね

館長

「いらすとすてーしょん」は5年目を迎えました。今年も、皆様に役立つ世界の偉人たちをシューちゃんと共にフリーイラストポートレートをお届けします

お探しのジャンルはございますか?

Japan OR Global

検索はこちらから

Syusuke Gallery
イラストポートレートをお楽しみください

いらすとすてーしょんイラストポートレートSyusukeGalleryTOPPAGE-LOGO
この人知ってる?新たな出会いがあるかも!?Syusuke Gallery