高橋掬太郎
Kikutato Takahashi(1901-1970)
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歴史の停車場いらすとすてーしょんへ
こちらのページでは昭和時代に活躍した文学者
高橋掬太郎 をお楽しみください
高橋掬太郎
イラストポートレート Syusuke Galleryより

函館日日新聞在職中に作詞した「酒は涙か溜息か(1931)」が
大ヒットし、その後上京し作詞家生活に入る
「恋のステップ(1934)」「船頭可愛や(1935)」などで
流行作詞家として活躍
戦後はキングレコードにうつり,「啼くな小鳩よ」
「ここに幸あり」などを作詞
戦後は初代会長となった西条八十らと共に、日本語の
美しさを広める団体「日本音楽著作家組合」の結成に参加した

いらすとすてーしょんでは文学の部屋より昭和時代に活躍した文学者として高橋掬太郎イラストポートレートをお届けします
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高橋掬太郎って

高橋掬太郎にまつわるWeb Siteを取り上げましたので、ご参考に!

新聞記者で培った言葉を、私たちの心に響く言葉へ昇華させた作詞家だったのだね


そして、この方らと戦後「日本音楽著作家組合」を作ったのだね
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![1920-1992を生きた作詞家であり脚本家。中学卒業後、京都でアニメ映画製作など、職を転々とし、1941(昭和16)年召集され従軍。戦後、東宝の脚本家として「暗黒街の対決(1960)」や特撮映画「モスラ(1961)」などを手がけ、ゴジラシリーズにも名を残した。作詞家としては1958(昭和33)年、日本コロムビアと契約し、歌・小林旭「ダイナマイトが百五十屯(1958)」で鮮烈なデビューをはたす。以後、歌・舟木一夫「学園広場(1963)] 、「銭形平次(1966)」、歌・美空ひばり「柔(1964)」、など、映画やテレビの物語性と共鳴するヒット曲を連発。詞にドラマ性を宿した作風で、昭和歌謡の一翼を彩った。](https://illuststation196.com/wp-content/uploads/2026/01/Shinichi-Sekizawa-300x300.jpeg)




