世界最大のクフ王ピラミッドに新たな


"未知の空間"発見を記念していらすとすてーしょんでは世界の探検家を特集しました
その第三弾をお楽しみください

 

フェルディナンド・マゼラン Ferdinand Magellan

ようこそ!フリーイラストポートレートと


歴史の停車場いらすとすてーしょん」へ
こちらのページでは【探究ネタ】


「フェルディナンド・マゼラン」太平洋を命名したマゼラン海峡発見者
をお楽しみください
※いらすとすてーしょんSyusuke Galleryでは太平洋を


命名したマゼラン海峡発見者を地理学者の部屋より


お届けします

フェルディナンド・マゼラン


イラストポートレート(Syusuke Galleryより

マゼラン・世界周航を振り返る

トルデシーリャス条約

まぜらん

当時、トルデシーリャス条約という


決まりがあって…

まぜらん

簡単にいうとこのトルデシーリャス


条約はスペインとポルトガルが大西洋


海域の所有権を示したもの

まぜらん

2国間だけの身勝手な条約といえば


それまでなんだけど…

まぜらん

わたしはポルトガル出身でしたが、


母国といろいろあってこの時スペインにお世話になっていたので…

モルッカ諸島へ

まぜらん

スペインの海域を通過してモルッカ諸島(マルク諸島とも香料諸島とも言います)を目指すことになりました
※モルッカ諸島…現インドネシア共和国

まぜらん

なぜモルッカ諸島に行くのかって??

まぜらん

モルッカ諸島にはクローブやナツメグなどの香辛料があって…

まぜらん

この香辛料をめぐってスペインと


ポルトガルはモルッカ諸島の領有権を


争っていた

まぜらん

スペインとしてはなんとしても


モルッカ諸島の領有権が欲しい

南太平洋横断ルートへ

まぜらん

トルデシーリャス条約に則ると、


スペインはこのモルッカ諸島に行く


ためには大西洋から太平洋を横断する


必要がある

まぜらん

ちなみにこの太平洋を命名したのは


私なんですよ

まぜらん

私が航行したとき、とても穏やかな海でしたのでMare Pacificum(平和な海)と名付けたことが由来になっています

まぜらん

さて私は大西洋から太平洋に通じる


ルートがあると考えていた

まぜらん

これを当時のスペイン国王に進言したところ総員237名で5隻の船隊を


与えてくれたのです

マゼラン海峡発見

まぜらん

出航してから約1年後の1520年


マゼラン海峡を発見して南太平洋横断成功

フィリピン到着

まぜらん

それからいろいろあったけど、


なんとか東南アジアのフィリピン到着

マゼラン客死

まぜらん

しかし…現在のフィリピンセブ州の


マクタン島で、内戦状態にあった


住民争いに巻き込まれて命を落として


しまったのです

ピガフェッタあとを継ぐ

まぜらん

その後、残った1隻の船で部下だったピガフェッタ(Pigafetta, Antonio


イタリア出身1480~91?-1534?)が


モルッカ諸島で香辛料を入手

世界一周成功

まぜらん

香辛料を積んだピガフェッタが


サンルカルに帰ってきたのは実に3年が経過していた1922年9月6日

まぜらん

出航した237名のうち、無事帰国できたのは18名でした

2つの事実

まぜらん

この航海で少なくとも2つの事実を


世界に立証できたのです

地球は丸い

まぜらん

一つは地球は丸いこと

時差がある

まぜらん

そしてもう一つは時差があること

まぜらん

航海日誌を毎日つけていたので日誌の日付と現地の日付が違うことから判明したんですよ

まぜらん

そしてピガフェッタは世界初の周航紀 Relazione del primo viaggio intorno al mondo, 1525を残しています

まぜらん

私のエピソードいかがでしたか?
苦難の連続でしたがこの仕事を成し


遂げられてホッとしています
今更ながら…今度は楽しみながら世界一周を船で旅してみたいですな

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06山形県
1934-2010を生きた小説家であり劇作家。上智大学在学中に、文芸員やラジオドラマに携わり卒業後、放送作家として出発。NHKテレビ連続放送劇「ひょっこりひょうたん島(1964-69)」を担当。その後、戯作者の生き方を描いた小説「手鎖心中(1972)」で直木賞を受賞。また1973(昭和48)年「珍訳聖書」などミュージカル、バラエティ等の軽演劇型式の戯曲を書いた。その作風はユーモアと洒落を駆使しながら、戦争と平和、人間の尊厳を問う深い社会批評精神が宿っている。難しいことを易しく、易しいことを面白く、演劇界・文壇双方に大きな足跡を残した文学家であった。
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27大阪府
1932-2007を生きた小説家であり評論家。東京大学卒業後、アメリカ留学、世界各地を旅歩き、その経験を著した「何でも見てやろう(1961)」がベストセラーになる。そして人種差別問題と関連しての日本人の生き方などを探った長編小説「アメリカ(1962)」を発表。また、ベトナム反戦運動の中心的存在として「ベ平連(1965)」を結成し、反戦・反核・市民運動に尽力した。小説、随筆、評論においても一貫して「人間の自由と尊厳」を問い続け、戦後民主主義の理念を実践した文学家であった。
【文学の部屋|小田 実】昭和時代編.203
シューちゃん

シュー(Syu)です
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館長

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