佐多稲子がわかる
佐久間文子著者1964年大阪府生まれ86年朝日新聞社に入社。文化部、「AERA」「週刊朝日」などで主に文芸や出版についての記事を執筆。2009年から11年まで「朝日新聞」書評欄の編集長を務める。現在フリーライター

筆者略歴

佐久間 文子(さくま あやこ)

1964年大阪府生まれ。86年朝日新聞社に入社。文化部、「AERA」「週刊朝日」などで主に文芸や出版についての記事を執筆。 2009年から11年まで「朝日新聞」書評欄の編集長を務める。11年に退社し、フリーライターとなる。(美しい人:佐多稲子の昭和HPより)

佐久間文子氏の最新著書
「ツボちゃんの話」佐久間文子著_新潮社

本書『ツボちゃんの話』は、文芸ジャーナリストとしても活躍する妻・佐久間文子氏が、故人の比類なき業績や彼との生活を綴った追悼の書。

「彼はその間、ずっと日記を雑誌に発表している珍しいひとなので、私の記憶とすり合わせれば大抵の事実関係は確認できて、助かりました」

NEWSポストセブン2021年6月18・25日号より引用

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11埼玉県
1154-1184を生きた武士。幼くして父・義賢を大蔵合戦で失い、信濃の山深くで武勇を磨く。1180年、以仁王の令旨を受け挙兵すると、北陸路を破竹の勢いで進撃。1183年、伝説的な「倶利伽羅峠の戦い」で平家の大軍を撃破し、頼朝に先んじて悲願の入京を果たす。しかし、華々しい軍功とは裏腹に、京の政治工作や後白河法皇の知略に翻弄され、次第に孤立を深めていく。法皇幽閉という強硬策に出るも、最期は頼朝が派遣した範頼・義経の軍に追われ、近江国・粟津の戦いで壮絶な討死を遂げた。享年31。木曽の山々から彗星のごとく現れ、平家を都から追い落としたその生涯は、武士の素直な情熱と政治の非情さが交錯する「もう一つの源氏の道」そのものであった。彼の掲げた純粋な理想は、鎌倉という冷徹な秩序とは異なる、武士のもう一つの可能性を今に伝えている。いらすとすてーしょんでは、出生地を埼玉県とさせていただきます。
【政治の部屋|源 義仲】鎌倉時代編.11New!!
14神奈川県
1147-1213を生きた武士。源頼朝の挙兵から鎌倉幕府成立まで、軍事面の中心として頼朝を支え、とりわけ勇猛さと誠実さで頼朝・政子から深く信頼された。幕府創設後は御家人たちを統率する「侍所」の初代別当に就任し、鎌倉武士団の中核を担う存在となる。しかし頼朝の死後、幕府内部では北条氏が急速に権力を集中させ、豪胆で一本気な義盛は次第に対立の渦に巻き込まれていく。1213年、北条義時の策略により挙兵を余儀なくされるが、激しい戦いの末に一族とともに討ち死にした。義盛の最期は、頼朝とともに幕府を築き上げた「御家人の時代」の終焉を象徴し、豪勇と忠義を最後まで貫いた姿は、まさに鎌倉武士の理想とされた。いらすとすてーしょんでは、出生地を神奈川県とさせていただきます。
【政治の部屋|和田義盛】鎌倉時代編.10
シューちゃん

シュー(Syu)です
2026年も、よろしくね

館長

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