細川頼之





Hosokawa Yoriyuki (1329-1392)

ようこそ!フリーイラストポートレートと

歴史の停車場いらすとすてーしょんへ
こちらのページでは室町時代に活躍した政治家

細川頼之をお楽しみください

Information

教科書で見かけたあの有名人
実は必死に国をデザインした熱い政治家の一人だった!?
彼らが命を懸けて守ろうとした「日本」
神話の英雄から反逆者などなど、政治の部屋よりお届けします!

細川頼之
イラストポートレート Syusuke Galleryより

館長

いらすとすてーしょんでは政治の部屋より室町時代に活躍した政治家として細川頼之イラストポートレートをお届けします

特集中の政治家たち
古墳時代からお届けしています

シューちゃん

明治時代に活躍した政治家↓

該当の投稿はありません。

大正時代に活躍した政治家↓

該当の投稿はありません。

昭和時代に活躍した政治家↓

該当の投稿はありません。

時代区分は、文化庁重要文化指定目録の基準を採用しています。

これまで公開中の政治家はこちら↓

政治家の部屋 Politics

細川頼之って

館長

細川頼之 にまつわるWeb Siteを取り上げましたので、ご参考に!

シューちゃん

シリーズ「南北朝の戦い ― その帰結―」最終回となる6回目は、細川頼之が登場!

館長

今シリーズは、無垢な理念の時代が終わったあとに始まった、
「秩序の時代」を描く6名の物語です

こんな背景

シリーズ:南北朝の戦い ― その帰結 ―

第6回: 細川頼之〜動乱を統治と管理の政治へと昇華させた完結者〜

今回のシリーズ:「南北朝の戦い ― その帰結 ―」は…
戦いのあとに、何が残ったのか

王権は分裂し、
制度は割れたまま動き続け、
日本社会は武力と忠誠によって再編されていきました。

南北朝の戦いは、
どちらが「正しかったか」を決める戦争ではありませんでした。

それぞれが「正統」を掲げ、
それぞれが引くに引けぬ信念を抱いた結果、
戦いが日常として定着してしまった時代だったのです。

しかし、戦いが続いたあとに、
歴史は必ず「何か」を残します。

それは、誰かが夢見た理想でも、
血筋が証明する正統でもありません。

争い続けた果てに、
誰もが否定できなくなった

「現実としての秩序」

でした。

前回のシリーズ
「南北朝の戦い ― 戦場・地方・王権中枢の三つの視点 ― 」 では、
なぜ分裂が生まれ、
なぜ終わることができなかったのかという、
「構造」を描いてきました。

今回のシリーズ
「南北朝の戦い・その帰結 」が問うのは、
そのさらに先にある景色です。

戦いの最中に、
日本社会には何が残り、
どのような政治が立ち上がっていったのか。

ここに登場するのは、
理念のために戦った人々だけではありません。

正統に殉じ、敗れ去った者。
理想を体現しきって散った者。
戦争を終わらせることはできずとも、
それを「管理」し、「継承」し、
やがて「統治」へと変えていった者

たちです。

彼らの選択は、
南北朝という戦争をすぐには終わらせませんでした。

しかし、
戦争のあとの過酷な世界を生き抜くための、
「新しい仕組み」を、
確かに形づくっていきました。

このシリーズで描くのは、
華やかな英雄譚でも、
敗者の涙が誘う美談でもありません。

「戦争が生み出してしまった現実」

そして、その現実と折り合いをつけながら、
泥沼の中を這うようにして、
秩序を模索した人々の記録です。

「南北朝の戦い ― その帰結 ―」
第1回 新田義貞

正統という理念に殉じた武者

1
第2回 楠木正成

理想を戦場で体現した知略の英雄

2
第3回 足利尊氏

混乱の中で現実の枠組みを選んだ創始者

3
第4回 高 師直

戦争をシステムとして管理した合理主義者

4
第5回 足利義詮

分裂を日常の政治として定着させた二代目

5
第6回 細川頼之

動乱を統治と管理の政治へと昇華させた完結者

6

ここから描く、
無垢な理念の時代が終わったあとに始まった、
冷徹で、しかし強靭な、
「秩序の時代」の物語をお楽しみください。

戦争の先に「政治」を置いた人物

細川頼之は、
足利義詮、そして義満の二代にわたり、
管領※として幕政を主導し、
南北朝の戦いが生み出した分裂秩序を、
実際の「統治」へと転換させていった中枢的人物です。

南北朝の戦いは、
すでに長期化し、
武力だけでは決着し得ないことが明らかになっていました。

その中で頼之の立場は、
勝つための戦争ではなく、
終わらせ得る政治の形を作ることでした。

※管領:室町時代における将軍に次ぐ最高の役職

先人たちが残した「未完の秩序」

足利尊氏が行ったのは、
分裂という現実を引き受け、
政権の枠組みそのものを作ることでした。

高 師直は、
その枠組みの内側で、
戦争を管理し、政権として機能させる役割を担いました。

足利義詮は、
分裂を前提としたまま、
それを非常時ではなく日常の政治として引き継ぎました。

しかし、それでもなお、
南北朝の戦いは「続く内乱」のままでした。

分裂は管理され、日常化しましたが、
統治として整理されきってはいなかったのです。

管理から「統治」へ

細川頼之が行ったのは、
この未完の状態を、
次の段階へと押し進めることでした。

頼之は、武力の行使を否定したわけではありません。

しかし、武力を最終手段として位置づけ、
政治の中心に据えることを避けました。

守護権力の調整、
法や先例の整理、
幕府内部の権限配分。

それらを通じて、
分裂したままでも政権が安定し得る条件を、
一つひとつ整えていきます。

南朝勢力との対立も、
ただの敵対関係としてではなく、

政治的に扱うべき課題

として位置づけられていきました。

「続く内乱」から「収束可能な課題」へ

頼之の政治がもたらした最大の変化は、
南北朝の戦いの意味そのものを変えた点にあります。

戦いは、
もはや「どちらが正しいか」を争うものではなく、

どのように調整し、
折り合いをつけるか

という、政治的に扱われる課題へと変質していきます。

武力によって一気に決着をつける道は、
すでに現実的ではなくなっていました。

どちらの朝廷も、
戦い続ける体力も、
統治を拡張する余力も、
限界に近づいていたからです。

頼之が整えていったのは、
この膠着した状況の中でも政権が機能し続ける、
「調整可能な枠組み」でした。

守護権力のバランスをとり、
武力の衝突を最終手段へと押し戻し、
対立そのものを政治の中で処理していく。

その積み重ねによって、
南北朝の分裂は、
もはや解決不能な断絶ではなく、
時間をかければ収束し得る政治課題へと変わっていきます。

1392年、
南北朝の合一。

それは劇的な和解でも、
どちらか一方の勝利でもありませんでした。

両朝廷ともに、
戦い続けるよりも、
調整された秩序の中に組み込まれる方が、
現実的であると判断せざるを得なくなった結果として、
初めて現実のものとなったのです。

帰結としての完結者

細川頼之は、
南北朝の戦いの中でどのような存在だったのか。

それは、動乱の帰結として生まれた秩序を、
初めて「統治」として成立させた人物でした。

正統や理念が時代を動かせなくなり、
武力だけでは秩序を保てないと分かったあと、
それでも政治を続けるために必要だったもの。

それを、
制度と調整、管理と運用という、

政治の言葉

によって示したのが、
細川頼之という存在だったのです。

南北朝の戦い ― その帰結 ―

南北朝の戦いは、
武力によって決着した戦争ではありませんでした。

それは、正しさが秩序を生めなくなった時代に、

人々がどのように政治を作り直したか

という長い試行錯誤の過程でした。

新田義貞が正統に殉じ、
楠木正成が理想を体現し、
足利尊氏が現実の枠組みを選び、
高師直が戦争を管理し、
足利義詮が分裂を日常として引き受け、
そして細川頼之が、それを統治へと昇華させた。

この連なりこそが、
南北朝の戦いが歴史に残した「帰結」でした。

明日からの、新シリーズは…

足利尊氏が政権の枠組みを作り、
細川頼之が分裂を「統治」へと昇華させたあと、
室町幕府は、ようやく一つの政治体制として動き始めます。

しかしその政権は、
安定した秩序として完成していく一方で、
内部に、崩れ続ける要素を抱え込んでいくことになります。

そこで、明日からのシリーズは

室町幕府とは何だったのか

を取り上げます。

ここで問うのは、
「なぜ室町幕府は滅びたのか」ではありません。

そもそも、室町幕府とは、
どのような性格の政権だったのか。

将軍は、
権力の中枢だったのか。

それとも、
すでに機能不全を抱えた装置だったのか。

登場するのは、
室町幕府九代の将軍たちです。

室町幕府は、
なぜ長く続いたのか。

なぜ、決定的に立て直されることはなかったのか。

そして、なぜ戦国時代を招き入れてしまったのか。

新シリーズ
「室町幕府とは何だったのか」 では、
将軍という存在を通して、
秩序が作られ、
維持され、
変化していく過程を描きます。

1358-1408を生きた室町幕府第三代将軍。1392年に南北朝合一を成し遂げ、半世紀に及ぶ内乱を終結させ、単なる武家の棟梁にとどまらず、太政大臣への就任や北山山荘(金閣)の造営、さらに明との「勘合貿易」を開始して自ら「日本国王」と称するなど、公家・武家・寺社、さらには国際関係をも統合する権威を確立した。その治世は室町幕府の全盛期とされるが、その強力な将軍権力は、制度よりも義満個人の卓越した政治手腕とカリスマ性に大きく依存していた。義満の死後、次代の義持以下の将軍たちは、この完成された秩序をいかに維持・再編するかという困難な課題に直面することになる。
【政治の部屋|足利義満】室町時代編.3

政治家・新着偉人(It's New)はこちらから

政治の部屋
1662-1712を生きた徳川六代将軍。甲府藩主・徳川綱重の長男として江戸に生まれるが、庶子であったため出生を伏され、家臣の養子「新見左近」として育てられた。後に甲府徳川家を継ぎ、五代綱吉に実子がなかったことから、家光の孫という血筋を背景に将軍後継者となり、1709年に四十八歳で六代将軍に就任。側用人・間部詮房や儒学者・新井白石を登用し、生類憐みの令を含む綱吉期の諸政策を見直すとともに、通貨・外交制度の改革を進め、「正徳の治」と呼ばれる幕政刷新に取り組んだ。在職はわずか三年余りだったが、その改革は後の幕政にも大きな影響を残した。まさに「正徳の治で泰平を紡ぎ直す」将軍であった。
【政治の部屋|徳川家宣】正徳の治で泰平を紡ぎ直すNew!!
15新潟県
1670-1703を生きた武士。越後国新発田藩士・中山弥次右衛門の長男として生まれるが、幼くして両親を失い、父の浪人・死去を経て親族に引き取られながら育った。江戸へ出て堀内道場に入門すると剣才を発揮して免許皆伝となり、高田馬場の助太刀で武名を上げる。この活躍を見込んだ赤穂浅野家の堀部金丸から婿養子に望まれ、赤穂藩士に列した。1701年、主君・浅野長矩が江戸城内で吉良義央に刃傷に及び即日切腹、赤穂藩が改易となると、暴徒から赤穂藩邸を守り抜いた後、江戸急進派の中心人物として一貫して吉良討伐を主張し続ける。慎重な大石良雄としばしば対立しながらも、ついに主君の仇討ちの決行に至り、1702年12月の吉良邸討ち入りでは裏門から突入して奮戦した。討ち入り後は幕命により切腹し、主君と同じ泉岳寺に葬られている。忠義を貫くためには時に組織の慎重論に抗うことも辞さず、その信念を最後まで貫いたその生涯は、まさに「忠義と反逆の間に生きる」武士であった。
【政治の部屋|堀部武庸(安兵衛)】忠義と反逆の間に生きるNew!!
28兵庫県
1659-1703を生きた武士。播磨赤穂藩浅野家の筆頭家老の家に生まれ、若くして家督を継いだ。平時は「昼行燈」とも評されたが、1701年、主君・浅野長矩が江戸城内で吉良義央に刃傷に及び即日切腹、赤穂藩が改易となる非常事態に直面すると、その真価を発揮する。籠城か恭順かで揺れる藩論をまとめて赤穂城を無血開城し、藩札の換金や家臣への分配にも心を配って藩の混乱を最小限に抑えた。その後は浅野家再興を幕府へ働きかけながら、江戸急進派の逸る心を抑えつつ機をうかがい続ける。しかし再興の望みが絶たれると、ついに吉良討伐を決意した。1702年12月、四十七人の同志を率いて本所の吉良邸に討ち入り、主君の無念を晴らすと、幕命に従い泉岳寺で自刃した。忍耐と統率力によって家臣団をまとめ上げ、主君の死によって生じた裂け目に忠義という形で応えたその生涯は、まさに「忠義で裂け目に応える」武士であった。
【政治の部屋|大石良雄(内蔵助)】忠義で裂け目に応えるNew!!
13東京都
1641-1703を生きた高家旗本。足利将軍家の支流という名門・吉良家に生まれ、朝廷儀礼に精通した高家肝煎として、大名や幕閣からも礼法の教えを乞われる立場にあった。1701年、勅使饗応役を務める播磨赤穂藩主・浅野長矩の指南役を務めていた最中、江戸城本丸大廊下(松の廊下)にて長矩から突如斬りつけられる。将軍・徳川綱吉は長矩を即日切腹・改易としたが、義央にはお咎めがなく隠居のみで済まされた。この処分の不均衡に納得できなかった浅野の遺臣・大石良雄ら赤穂浪士は翌1702年、本所の吉良邸に討ち入り、義央の首をあげて泉岳寺の長矩の墓前に供えた。生前の義央には賄賂を求めたとの風説が広まったが、その真偽については諸説あり、後世の忠臣蔵によって形成されたイメージも少なくない。浅野長矩から見れば遺恨の相手であり、大石良雄ら赤穂浪士から見れば討つべき仇であり、一方では礼法を司る名門高家でもあった。一つの刃傷から始まった歴史的事件の渦中に立ち、その評価が今なお分かれるその生涯は、まさに「裂け目の中心に立つ高家」であった。いらすとすてーしょんでは、出生地を東京都とさせていただきます。
【政治の部屋|吉良義央(上野介)】裂け目の中心に立つ高家New!!

政治の部屋へようこそ

出身国別、都道府県でお届けしています

イラストポートレートSyusukeGallery政治の部屋Politics
政治家の部屋 Politics

政治の部屋PoliticsへようこそSyusuke Galleryよりイラストポートレートをお届けさせていただきます

広告コーナー

いらすとすてーしょんはGoogle AdSenseの収益により運営させていただいております。
皆様のご理解をよろしくお願い申し上げます。

広告
シューちゃん

いらすとすてーしょん

もっと偉人たちに出会う

気になるジャンルから、これまでに紹介した偉人たちのイラストポートレートをお楽しみください。

ジャンル一覧を見る
偉人たちの人生に、次の一歩のヒントを。いらすとすてーしょん - フリーイラストポートレートと歴史の停車場

世界の偉人たちをフリーイラストポートレートでお届けします。

ただいまの公開中のシリーズ